6.あやまらなきゃ!

 その日の夜。

 私は、お風呂に入ったあと、ぬれた髪をふきつつ、自分の部屋のベッドの上に座りながらスマホをとりだす。

 うさぎの耳がついたスマホカバーが、お気に入りのこのスマホ。

 えへへっ!

 これね、入学祝いにママに買ってもらったんだ。

 ほんとはスマホ、小学生の時にも欲しかったんだけど、ママがだめだって言って、買ってくれなかったんだよね。

 ──「ワシが買ってやろう」

 ──「お父さん! だめよ! 今の世の中、SNSなんてみかるにはまだ早いわ! 甘やかさないで!」

 まだ生きていた頃の、なつかしい壱おじいちゃんとの思い出がよみがえる。

 だからこのスマホは、私が無事に中学生になれた、ささやかな証でもあるんだ。

 うっ。念願だったこのスマホを使えて、みかるは嬉しいよ!

「ほっほー。みかるもスマホを持てる歳になったんじゃのう」

 なんて、壱おじいちゃんが私のスマホの画面を覗き込みながら横から言っている。

『☆桜望中生徒会☆』ってタイトルの、LINEのグループがあってね。

 言わずもがな、せと、ゆゆりん、一心くん、私の4人でやってるグループなんだけど。

 トントンっ、と私は指で文字を打つ。

『札のおかげで、まゆうちゃんの本音がわかったよ! でも、誰にも言えない』

『あっ? なんでだよ、みかる』

 ピコン、とすぐにメッセージが返ってきたのは、美味しそうなたいやきのアイコン。

 せとだ。

 なんでって、あんたのことだからよっ!

 まゆうちゃんのあわい恋ゴコロ。

 想いを寄せる、好きな男の子。

 それがあんただなんて、本人に勝手に伝えるなんて、ゼッタイだめなことだもん!

 まゆうちゃんは、せととLINEの交換とか、確かしてなかったよね。

 私がこうしてフツーに話してるなんて知られたら、また悲しませちゃうよ。

『とにかく言えないのっ! それと、私、明日まゆうちゃんに、邪神のことと札のこと話すから』

 そう送ったとたん、「なにィイ⁉」と、びっくりするくらいの大声をあげたのは、犬のぬいぐるみになった阿弥陀如来サマだ。

 ど、どうしたのっ? 心臓に悪いよ。

「みかる氏! 札のことは、『ごくらく★生徒会』のメンバー以外には話すのは禁止です! もちろん、札のことだけでなく、あみだぶつの仕事についても同様です」

 目がタレためちゃくちゃ可愛い表情の犬のぬいぐるみとはゼンゼン似合わない、すごい迫力でそう言われた。

 ええ? なんで、話しちゃいけないの?

 話さなきゃ、私がどうしてまゆうちゃんの気持ちがわかったのか、不信に思われちゃうよ!

 阿弥陀如来サマは、私の言おうとすることを察したのか、「それは」と少しキリリと厳しめの表情(私の想像である)をして言った。

「神様の仕事なんてしていることがもし大勢の人間に広まったら、大変なことになってしまいます! 『阿弥陀如来職務補佐』は、トクベツなことなんですから。そしてなにより、もっと上の神様に私が怒られます! ……神様の世界も、色々と規律や管轄が厳しいのです」

 阿弥陀如来サマの上の神様⁉

 私は、阿弥陀如来サマの言葉に目を輝かせた。

 ほええっ。そんなのがいるんだ! でも、そうだよね。

 神様っていったって、色んな種類の神様がいるんだ。

 例えば、日本の最高神は、天照大御神サマだって聞いたことがある。

 それに、須佐之男命サマ。暴風の神として、厄払いを司る神様だ。

 月の神様で、運(ツキ)を呼び込む神様である、月読サマなんかもいる。

 前に図書館で読んだ、『古事記』っていう本に、イロイロ乗ってたんだよね。

 阿弥陀如来サマみたいに、みんな自分のこと、『私』って言うのかなぁ?

『ひぇーっ!(〉〈) 阿弥陀如来サマが横でめっちゃ怒ってる! 詳しくは、明日話すね!』

 トントンっ、とスマホをタップすれば、すぐに来る返信。

『わかりましたわ。じゃあ、またなにか私たちにお手伝いできることがありましたら、言ってください。おやすみなさい。みかるさん、せとくん、一心くん』

『おやすみでーす☆ みかるさん、せと、ゆゆりんさん』

 ピコピコンッ、と、あざやかなドライフラワーのアイコンのゆゆりんに、剣道着姿でピースする一心くんのアイコン。

『みんな、おやすみー』

 と、私は送信ボタンを押した。

『おやすみ〜』と、ワンテンポ遅れてせとのメッセージが来たけど、私はムシ。

 なんにも知らないのーてんきなたいやきは、どーでもいーの。

 阿弥陀如来サマと壱おじいちゃんのぬいぐるみに、「じゃー、私もう寝るね」とひとこと言って、明日の親友への謝罪にむけて、眠りについた。

 ◇

 翌日。

 この日も、教室に入ってまゆうちゃんとのハイタッチはなかった。

 まゆうちゃんは、今日も他の女子としゃべってる。

 やっぱり、ちょっとさびしいけど……。

 胸の奥に、ちくん、ってちっちゃなトゲが刺さったようでツライけどっ。

 でもでもっ! 今日の放課後、ちゃんと仲直りするんだもんっ!

 ちょっと、先生が来る前にトイレに行こうかな。

 私が廊下を歩いていると、「ちょっと。みかる」と私を呼び止める声。

「あーりん。どしたの?」

 昨日もちょっと登場したよね。

 私の友達、同じクラスのあーりんだ。

「あたしもトイレ行ってたんだ。ねぇ、みかる。まゆうのことなんだけど……みかるの悪口、めっちゃ言ってたよ」

 えっ……。

 まゆうちゃんが、私の悪口言ってた?

 あーりんの言葉に、きゅうっと胸が痛くなる。

「っていうか、みかるとせとくんが仲良いことについて、めっちゃシットして怒ってた。まゆう、せとくんのこと好きじゃん」

「まゆうちゃんがせとを好きだって……どうしてそう思うの?」

 『正真』の札がなかったら、私だって知らなかった事実。

 それとも……まゆうちゃん、あーりんには、恋の相談とかしてたのかな。

「見てたらわかるよ。この前だって、みかるとせとくんが先生の前で言い合ってた時、一人だけ笑ってなかったよ」

 ズキズキ刺さる、友達の言葉。

「りつは多分入らないだろうけど……みかる、このままだと女子からハブられちゃうよ」

 ◇

 どくん、どくん。

 胸が痛いくらいに高鳴ってる。

 うーっ、こんなに不安になることって、そうそうないかもしれない……。

 私は、自然とにぎりしめた左手を胸もとにやっていた。

 今朝あーりんが言ってたこと……本当なのかな。

 まゆうちゃんが、私の悪口言ってるって。

 やっぱりもう、まゆうちゃんと、友達には戻れないの……?

 ──この扉を開けた先、屋上に、まゆうちゃんがいなかったらどうしよう。

 私は、浮かんでくるイヤな想像を振り切るように、バン! と勢いよく、扉を開け放った。

 …………あっ!

 そこにいたのは、茶髪の可愛い女の子。

 風に吹かれながら、フェンスにもたれかかっている。

「まゆうちゃんっ!」

 来てくれたんだっ!

「なに? 一応来たけど、あたしテスト勉強で忙しいから、早く帰りたいんだけど」

 ツンツンしてはいるけれど、私の手紙を無視しないで、こうやってちゃんと屋上まで来てくれるあたり、やっぱり親友だっ!

 私は嬉しくなって、思いのたけをせいいっぱい、さけんだ。

「あの、あのねっ! 私、上手く言えないけど……、まゆうちゃんのこと、大切に思ってるから……! 昨日は、ごめん! やっぱり、ちゃんと仲直りしたいよ! 友達に、戻りたいっ!」

「……」

「あと、私せとのことなんか、好きでもなければ、ゼンゼン、なんとも思ってないからね!」

 まゆうちゃんは、私の言葉にピクッとまゆを動かした。

 予想外の言葉にびっくりしたって表情。

 そのあとで、少しいぶかしげに私を見た。

「みかるなんで、せとくんのこと……」

「あ」

 はっと気づいたけれど……時すでに遅しとはこのこと。

 言っちゃった☆ ごめんっ! 阿弥陀如来サマ!

「いやその……『正真』の札がね? これを持つと、人の本音がわかっちゃったりするんだ〜。すごいっしょ?」

 えへへ〜、と、私はもう開き直って、制服の胸ポケットに入れていた札をぴら、と見せてまゆうちゃんに説明する。

「札? ……ま、いっか。よくわかんないけど、あたしのせとくんへの気持ち、みかるが知ってるんなら話早いわ。……ほんとは、みかるじゃなくて、あたしが生徒会長になりたかった! そしたら、せとくんと仲良くなることだって出来たのに……!」

 はじめはピンと来てないようだったまゆうちゃんの声が、わずかに震えだした。

 ずっとずっと、胸に抱えていた気持ちを、やっと私にぶつけられたって感じ。

「幼なじみで、同じ小学校だったからって、あたしより勉強も頑張ってないクセに……! ジャマなのよっ! みかるなんて、あたしの親友なんかじゃないッ!」

「まゆうちゃ……」

 吐き出された、まゆうちゃんの本音。

『親友なんかじゃない』ってその言葉に、私が心をえぐられたその時。

 屋上のドアが、バンッ、と開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る