第3章「決戦、未来は拳で切り開かれる」

22:聖女は、前世を思い出してキレる

 私、セレスティアの噂はもはや神話の域に達していた。


 行く先々の村や町で、人々は私を見るなり道を開ける。

 まるで前世の、モーゼの前で海が割れて道ができていくかのようだった。


 ある者は、畏敬の念でひれ伏し。

 またある者は、恐怖に顔を引きつらせて逃げ出していく。


 賞金稼ぎに襲われる心配がなくなったのは良いことだ。しかしこれでは、まるで私が歩く災害のようではないか。

 私が求めているのは、こんな英雄譚ではない。

 ただ静かで穏やかに日々を過ごす、スローライフなのだ。

 なのに、現実は私に厳しく、無体な仕打ちを続けている。


「セレス様。また新しい噂が流れておりますぞ」


 カインが、どこか楽しげに報告してくる。なんだか普段の意趣返しをされているような気がして、少しばかり機嫌が悪くなってしまいそうだ。


「なんでも、セレス様がため息をつくと嵐が起こり、クシャミをすれば火山が噴火するとか」

「……私は、天変地異の根源かなにかですか」

「もはやその域ですな」


 私は深く深く、ため息をついた。

 幸い、嵐は起こらなかった。


 そんな旅の途中のこと。私たちは、なだらかな丘陵地帯を歩いていた。

 どこまでも続く、緑の草原と青い空。

 これぞスローライフに必要なひとつ、というべき、長閑な風景。

 通りすがりとはいえ、周囲を満たす平穏な雰囲気に、私の心も和んでいた。


 その時。

 前方の丘の上に、ひとりの男が立っているのが見えた。


 また宰相が私を狙って刺客を送ってきたのだろうか。

 けれど、これまでの刺客とは明らかに雰囲気が違う。

 黒装束でもなければ、物々しい鎧も身に着けていない。

 仕立ての良い貴族風の衣服に身を包み、その手には武器ではなく、一冊の書物。

 銀縁の眼鏡をかけた、インテリ風の男だ。


 私は無意識に、顔をしかめさせてしまう。

 嫌な予感しかしない。


「……セレス様」

「……まぁ、ただの通りすがりの人かもしれませんし」


 そう言いながらも、私は面倒事のひとつだと確信していた。

 ふたりして警戒しながら、歩を進める。

 顔が確認できる程度の距離まで近付いたところで、明らかに目が合った。


 やっぱり、面倒事だ。

 私は直感的に悟ってしまう。

 そしてついに、その男の目の前まできてしまった。

 彼は、私たちが近づくのを待っていたかのように、優雅な仕草で一礼する。


「お待ちしておりました。偽りの聖女、セレスティア殿」


 その声は、耳障りの良いテノール。

 しかし、どこか粘りつくような、不快な響きがあった。


「私は宰相デューク・ヴァルト閣下の命を受け、あなたと『対話』するために参りました者」

「対話、ですか」


 やっぱり、宰相絡みの人間だった。

 そう思うと同時に、私は警戒する。

 こいつは、これまで出会ったどの敵とも違う。危険な匂いがした。


「ええ、対話です。暴力は何も生みませんからな」


 男はにこやかに笑う。

 その笑顔が、なぜか私の神経を逆撫でした。


「セレス様、こいつは……!」


 カインが剣の柄に手をかけ、前に出ようとする。

 しかし、男はそれを手で制した。


「おっと。そこの騎士殿、まずは落ち着いていただきたい。これはあくまで、平和的な話し合いなのですからして」


 男の言葉には、奇妙な説得力があった。言っていること自体は、至極真っ当なことといっていい。少なくとも、カインは動きを止めてしまった。


「さて、セレスティア殿。単刀直入に申し上げましょう。あなたの一連の行動は、あまりにも短絡的、かつ自己中心的ではありませんかな?」

「……はあ」

「まず、あなたは聖女としての責務を放棄した。これは国家に対する重大な背信行為です。次に、あなたは行く先々で無用な騒乱を引き起こし、民の平穏を乱している。商業都市ブリガンディアでの一件しかり、先日の遺跡崩落事件しかり。あなたのその規格外の力がどれだけ多くの人々を危険に晒しているか、自覚がおありかな?」


 来た。

 面倒くさい説教タイプの人間だ。

 私の脳が、即座にシャッターを下ろそうとする。

 思考停止。こういう輩には、これに限る。

 しかし、男の言葉は止まらない。


「そもそもあなたのその力は本当に聖なるものなのでしょうかな。神は慈愛の存在のはず。その代理人たる聖女が暴力に頼るなど言語道断。神への冒涜と言っても過言ではないのですぞ。あなたは自分の存在そのものがこの世界の秩序を乱す『異物』であるという自覚を持つべきなのです。そもそもあなたの行動には一貫性というものが見られない。その場その場の感情で動くばかりで長期的な視点戦略的思考というものが決定的に欠如していると言わざるを得ないのです一体全体あなたはこれまで何を学びどう生きてこられたのですかな甚だ疑問なのですよ」


 ――キーン……


 私の頭の奥で、甲高い耳鳴りがした

 その話し方。その声のトーン。相手の非を理路整然と(見せかけて)あげつらい、人格否定へと巧みに繋げていくその手口。

 すべてが、寸分違わず一致していた。

 前世で、私を精神的に追い詰めたあのパワハラ説教上司と。


 私の脳裏に、薄暗い会議室の光景が蘇る。

 目の前には腕を組んで粘着質な笑みを浮かべる上司。


『君のこの企画書にはビジョンが見えない。戦略的アプローチが欠如している。もっとシナジーを意識したペルソナ設定を……そもそも君は仕事に対する熱意というものが感じられないんだよ一体全体君は……』


 何時間も続く罵詈雑言の嵐。

 反論すれば倍になって返ってくる。

 だから私は心を無にして耐えるしかなかった。

 思考を止めて嵐が過ぎ去るのを待つだけ。


 そうだ、これも同じだ。

 ただ、聞き流せばいい。


「……聞いておりますかなセレスティア殿? ああそうでしたなあなたは考えることを放棄する癖がおありのようだ実に嘆かわしいことですなそれは現実からの逃避であり自己の無能さを認めていることと同義なのですよ責任ある大人としてあまりにも未熟と言わざるを得ませんなぁ」


 男の言葉が、私の心の壁をやすやすと突き破り、古傷を抉ってくる。

 息が詰まる。

 冷や汗が背中を伝う。

 いつものように思考を停止させようとするのにできない。

 男の声が、脳内に直接響いてくるようだ。


「セレス様!」


 カインが私の異変に気づき、叫んだ


「貴様もうやめろ! それ以上セレス様を愚弄することは俺が許さん!」

「おやおや騎士殿、あなたも彼女の暴力に感化されてしまったようですな。実に嘆かわしい。本来騎士とは知性と理性を重んじるべき存在のはず。それが感情に任せて剣を抜こうとは、主君に似てあなたもまた短絡的なのですな」

「なっ……!」


 カインが言葉に詰まる。

 そうだ、この男は言葉だけで人を殺せるタイプの人間なのだ。


 やめて。

 もう聞きたくない。


 私の頭の中で警報が鳴り響く。

 逃げたい。

 でも足が動かない。


 前世と同じだ。

 会議室から逃げ出すこともできず、ただ上司の言葉の暴力に耐えるしかなかった、あの時と。


「さぁ、セレスティア殿、あなたもそろそろ自分の罪を認めるべき時でしょう。その身に余る力を王国に差し出して大人しく裁きを受けるのです。それがあなたにできる唯一の贖罪なのですよ。さぁ……」


 男が、眼鏡の奥の目を細め、私に手を差し伸べる。

 その仕草が、引き金だった。

 説教の最後に上司が「分かったかね?」と私の肩をポンと叩いた、あの時の仕草と完全に重なった。


 ――ブツン


 私の頭の中で、何かが切れた。

 それは理性の糸か、我慢の限界か。

 分からない。

 ただ、心の奥底にずっと押し込めていた黒い塊が、マグマのように噴出したのだけは分かった。


 前世で溜め込み続けた怒り。

 理不尽への憤り。

 無力な自分への絶望。


 それらすべてが、転生後のこの規格外の肉体と結びついた。驚くほど純粋な破壊衝動へと昇華され、私の身体から込み上げてくる。


「あああああああああああああああああっっ!!」


 私は叫んだ。

 それは祈りでもなければ言葉でもない。

 ただの、魂の咆哮。

 私の身体から凄まじい圧が放たれ、周囲の大地がビリビリと震える


「なっ……!?」


 男の顔から、初めて余裕の笑みが消えた

 カインも、私のあまりの豹変ぶりに息をのんでいる。


 私は、ゆっくりと顔を上げた。

 私の顔にはきっと、鬼のような形相が浮かんでいたことだろう。


「……うるっ、さーーーーーーーーーーいっ!!」


 次の瞬間、私は地面を蹴っていた。

 音速を超えたかのような速度で、男の目の前に肉薄する。


「ひっ……!?」


 男が悲鳴を上げる間もなく、私はその胸ぐらを鷲掴みにした。身長差のある彼の身体を、細腕一本で持ち上げて動けなくする。


「……『対話』がしたいと言いましたね?」


 漏れ出た私の声は、自分でも驚くほど低かった。まるで地を這うような声だった。


「いいでしょう! 私のやり方で! 徹底的に! 対話してあげますよ!」


 私は男を掴んだまま、天高く跳躍した。

 そして、空中の最大到達点できりもみ回転。

 さらに、地面に向かって、その身体を叩きつけるように落下する。


「まず! 『人の話は最後まで聞く』のが対話の基本ですよねえっ!?」


 ズドオォォンッ!


 男の身体が地面にめり込み、巨大なクレーターができる。陥没した中心にいる私と彼に、大量の土塊が雨のように降り注ぐ。


「ぐ……はっ……!」


 男が呻き声を上げるが、私は容赦しない。

 その身体を土塊の中から引きずり出すと、えぐれたクレーター内の岩盤前に引きずっていく。


「次に! 『長期的な視点』が欠如していると仰いましたね!? 長期的に見れば! この岩もいずれは砂になるんですよ!」


 私はそう叫びながら、男の身体を掴んだまま、岩盤に向けて何度も何度も叩きつけた。まるでサンドバッグを殴りつけるかのように。


 ゴッ! ガッ! メゴッ!


 岩盤には亀裂が走り、やがて粉々に砕け散る。

 その衝撃に合わせて、脱力した男の身体が跳ねる。まるで踊っているかのように。


「そして! 『自己中心的』ですって!? 自分の価値観だけで他人を裁くあなたの方が、よっぽど自己中心的でしょうがぁっ!」


 私は砕けた岩の破片を片手で握り潰し、ダイヤモンドダストのようにきらめく粉を、男の顔に浴びせかけた。


 もはやそれは戦闘ではない。

 一方的な物理的説教。

 私は前世で上司に言われてきた言葉一つひとつを引用しながら、その怒りを目の前の男に叩きつけていく。言葉の暴力を、圧倒的な暴力で上書きしていくかのように。


「……はあ……はあ……」


 やがて、私は動きを止めた。

 目の前には、土まみれ埃まみれになった男が転がっている。見た目だけは洒落たインテリ系の風貌が、すっかり汚れ切ったものになっていた。

 幸か不幸か、男はまだ生きていた。彼は白目を剥いて気絶していたが、その顔には恐怖と驚愕がこびりついている。

 二度と、あの粘着質な説教はできないだろう。物理的にも、精神的にも。


「……セ……セレス様……」


 カインが恐る恐る私に近づいてくる。

 その顔は、ドン引きという言葉が生易しいほどに引きつっていた。


「……なんですか」

「……いえ……その……お見事な『対話』でございました……」


 私は自分の拳を見下ろした。

 まだビリビリと痺れている。

 しかし、不思議と心は晴れやかだった。


 前世でずっと胸の内に燻っていた黒い靄が、綺麗に吹き飛んだような爽快感。

 これが、私の怒り。

 これが、私の力。


 私は初めて、自分の力の本当の意味を理解した気がした。

 この力は、ただ面倒ごとを排除するためだけにあるのではない。

 理不尽な言葉の暴力から自分の心を守るための、最後の牙なのだ。


 そして、この怒りの矛先がいつか、すべての元凶――宰相デューク・ヴァルトに向けられる日が来ることを、私は静かに予感していた。



 -つづく-







ゆきむらです。御機嫌如何。


第3章が出来上がりましたので、更新再開します。

もうしばらくお付き合いいただけると幸いです。


読んでみて少しでもいいなと思っていただけたなら、

評価や感想などいただけるとすごく嬉しいです。

引き続きよろしくお願いします。

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