第32話 理屈と感情

 領主シュツーリア。ここシュツーリアで辺境伯をやっている四〇代の男性だ。会って感じた第一印象は、とても精力的でエネルギーに満ち溢れている人物。まさに今が脂が乗りきった時期なのだろう。そんな男と謁見室で向かい合う。何の用だろう?


「お前がリサか?」

「はい」

「ふむ。思った以上に若いな」


 そう言って領主は、カップに入った紅茶を一口。私はと言うと口の中が緊張でカラカラだ。領主が何かに気がついたようで、私に顎をシャクってみせた。


「お前も飲め」

「……はい。ありがとうございます」


 良かった。カラカラの口が水気を帯びて喋りやすくなった。そんな気遣いのできる領主。私がカップを置いたタイミングを見計らって本題に入った。


「昨日。お前は街から少し離れた空き地でファイアーストームを使ったな? それも二回」

「は、はい。えと、拙かったですか? 火事とか?」

「いや。それ自体に問題はない。火事にもなっていない。ただその際に使ったのが魔導書だと聞いた。相違ないか?」

「……はい」

「どうやら本当に魔導書の改良が成されたようだな」


 そう言って領主は入口に控えていた兵士に合図をした。すると私が昨日、ギルド長に預けた魔導書が運ばれてきた。領主が運んできた兵士に尋ねた。


「して、どうだった?」

「はい。間違いありません。問題なくファイアーストームが……ただ、その際にちょっと不手際があり死傷者が……」

「何! うむ。その件は後で聞こう。下がっていいぞ」

「はっ」


 領主が私に向き直った。


「お前が作った物で間違いないな?」

「……はい」


 気になったことを率直に聞いた。無礼かなとは思ったが聞かない訳にはいかない。


「どうしてこれが?」

「ん。昨日報告が入ったんだ。街の外を巡回していた兵士がファイアーストームを確認してな、その際に魔導書を使用していたという……な。あぁ、お前の懸念はギルド長か? この魔導書が闇に葬られる前に私が割って入って止めた。あれは戦争を嫌がるからな。それでも街や領地の防衛のためには私の命令に従わねばならない。複雑な立場なのだ。お前との会話にどんな物があったかも聞いた」


 巡回の兵士に見られていたんだ……


 あの時の私にはそんな余裕がなかったし、周りに配慮もしていなかった。懸念もしていなかった。だから迂闊な行動をしてしまった。新しい技術を開発できたと、ただただ舞い上がっていた。奥歯を強く噛んでいたようだ。視線を少し上げて領主を見る。視線がぶつかった。どうやら私の様子を観察してたようだ。


「戦争が嫌か?」

「はい」

「何故だ?」

「何故って……私は一〇年前にこの領地の奥にある開拓地の出ですから」

「ほぅ。一〇年前」

「その時に帝国によって開拓地が襲われ家族を失いました」

「なるほどな。だが考えようによっては、その恨みある帝国に一矢どころか復讐ができてお釣りが来るような代物ではないか。それを使うのに抵抗があるとはどういうことだ?」

「それは……」


 私は答え倦ねてしまう。確かに帝国に復讐ができる。良いことではないのか?


「分かりません。でも……戦争は嫌です」

「それは蹂躙され、奪われるのが嫌という意味だろう? だがこれは違う。明らかに強者に。奪う側になれるのだ。何が問題だ?」


 あぁ。わかりあえない。そう思った。理屈ではないのだ。感情の問題なのだ。


 ただこれだけは言える。


「師匠も私も。こんな……人の命を奪うという形で名誉を欲したのではない……」


 いや。師匠の本音は分からない。そういう話をしてこなかったから。ただ私は嫌なのだ。師匠の名が人殺しと同義になるのが……


 結局、領主様を説得するだけの言葉と理屈を持たない、感情だけで嫌だと駄々をこねる私に領主が命じた。


「お前はただ、命ぜられるがままに作れば良い。その代価は私が払う。お金という意味ではないぞ? 命じる者は責を負うのだ」


 そう言って男が笑う。そんな無責任なことは出来ない。でもこれも説得するだけの言葉を私は持たなかった。


「どうしよう……どうしたら」


 このままでは侵略戦争が起きる。この国が加害者になってしまう。


「あぁ。そうか。私は……それが嫌なのだ。犯罪者になる。人を殺す側になる。私はこの国が領地が好きだから憎まれる側になって欲しくないんだ」


 腑に落ちた。だが同時に説得するだけの言葉がない事も理解した。だって領主様はそんなことは気にしていないから。愛国心があるから侵略という国の利益になることをする。私は愛国心があるからこの国が嫌われて欲しくないという。それは何処まで行っても平行線だ。感情と理屈で交わる訳がない。


 どうしたら良いの?


 どうしたら戦争を回避できるの?

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