第20話 佳奈姉さんは横浜デートを見守りたい(後編)

「ねぇ、お兄ちゃん」


展望台の窓辺に立ったあかりが、くるりと振り返った。


夏らしい白のブラウスと水色のロングスカート。その装いは、普段の家でのあかりとはまるで違って見えた。


「今日の服ね、佳奈姉さんにコーディネートしてもらったんだ。……どう?」


大きな瞳で見上げられて、思わず言葉に詰まる。


あかりの姿が、いつもの“妹”ではなく、同年代の女の子として映ってしまい、胸の鼓動が速くなる。


「……似合ってるよ。すごく、可愛い」


自分でも驚くくらい素直に口にしていた。


あかりは顔を赤らめ、嬉しそうに微笑む。



そのとき、ポケットのスマホが震えた。


画面をのぞき込むと、佳奈姉さんからのLINE。


『飯代と交通費は全部あかりに渡してある。時計のある丸い乗り物に乗れ』


「時計のある丸い……観覧車か」


視線を横浜の街に向けると、海辺にそびえる大観覧車が目に入る。


そして展望フロアの一角に、不自然にサングラスをかけて新聞を広げている人物がいた。


——どう見ても、佳奈姉さんにしか見えない。


「……あの人は、今日はずっとあの感じなのか」


ため息をつきながらも、俺たちはエレベーターで下へ向かった。



地上に降りると、休日の観光客であふれていた。


人混みを進むうちに、あかりがそっと俺の手を握ってきた。


「お兄ちゃん、はぐれないように、ね……」


小さな頃は当たり前に繋いでいた手。


けれど今は、汗ばむ掌の感触に心臓が跳ね、ドキドキが止まらない。


「……あかり」


「えへへ」


照れくさそうに笑う横顔を見て、ますます動揺する。


やがて観覧車の足元に到着した。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


あかりが不安そうに覗き込む。


実は俺、高いところが苦手だった。けれど、あかりが観覧車好きなのは覚えている。


(……ここで逃げたら、カッコ悪いよな)


「……乗ろう」


覚悟を決めてチケットを買い、二人でゴンドラに乗り込んだ。



扉が閉まり、観覧車はゆっくりと動き出す。


ぎしぎしと鉄の軋む音。ゴンドラが揺れるたびに心臓が縮む。


「ひ、高っ……!」


街がどんどん小さくなっていく。真ん中より高くなった頃、足元がすくむような感覚に襲われた。


横浜の港のきらめきも、ランドマークタワーの雄大な姿も、今の俺には恐怖の材料にしか見えない。


「お兄ちゃん、落ち着いて」


あかりがそっと俺の頭を抱き寄せ、自分の胸に押し当てた。


「……!」


甘いシャンプーの匂い。柔らかい感触。


そして、伝わってくるのはあかり自身の鼓動。俺と同じように速く、高鳴っている。


数分が経つ。観覧車はさらに上昇し、俺はまだ彼女の胸に顔を埋めたまま。


ただ、さっきまでの恐怖は不思議と和らぎ、代わりに落ち着きと安心感が広がっていた。


「もう高いところは過ぎたから大丈夫だよ」


頭を撫でられ、不安がすっと消えていく。


「……あかり」


顔を上げると、あかりは少し照れて、うっとりとした表情をしていた。


「お兄ちゃん……ぎゅっとして」


言われるままに、俺はあかりを抱きしめた。


互いの心臓の鼓動が重なり合い、言葉が出ないまま時間が過ぎていく。


観覧車が地上に戻る直前まで、二人は抱きしめあったままだった。



無言で観覧車を降り、自然と手をつないだまま歩いた。


そのとき、スマホに通知が届く。


『赤レンガ倉庫まで歩け。そこで鐘を見つけろ』


「……また佳奈姉だな」


「行こ、お兄ちゃん」


あかりが笑顔で言う。言葉少なでも、心はぽかぽかしていた。


やがて赤レンガ倉庫に到着。観光客で賑わう広場の一角に鐘があり、そこには——サングラスをした佳奈姉さんが待っていた。



「はいはい、せっかくだから写真撮るわよ」


スマホを構えた佳奈姉さんの指示で、撮影会が始まった。


「手をつないだまま」


「……はい」


「恋人つなぎしろ」


「ちょ、佳奈姉!」


「いいから!」


言われるままに指を絡めると、あかりの手の温もりが増して、胸が苦しくなる。


「腕を組め」


「あのっ……」


「はやく!」


ぎこちなく腕を組むと、あかりの胸が軽く当たり、俺もあかりも真っ赤になった。


「次。あかりが抱きつけ」


「えっ……」


あかりは頬を染めながらも俺にぎゅっと抱きつき、シャッター音が鳴る。


「ほっぺとほっぺをくっつけろ」


「か、佳奈姉ぇ……!」


互いに顔を寄せ、頬が触れ合う。柔らかな感触に、思考が止まりそうだった。


「最後! あかりがほっぺにチューしろ」


「えぇ!?」


抵抗する暇もなく、あかりが小さく口をとがらせ、俺の頬に軽く触れる。


チュッ。


シャッター音が響いた瞬間、あかりはハッとした表情で真っ赤になり、頭を抱えて佳奈姉さんの元に逃げ込んだ。



「今日はあかり、私の家に泊めるから。あなたは中華街でも見て帰ったら?」


佳奈姉さんがにやりと笑う。


あかりは何かを思い出したようにバッグを探り、1万円札を取り出して俺に押し付けた。


「お兄ちゃん、これ……! じゃあね!」


そう言うと、再び佳奈姉さんの元へ駆け戻っていった。


「はい解散」


軽く手を振って去っていく二人。俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。


頬に残る温もりがじんじんと蘇り、胸の鼓動が収まらない。


港に停泊する船を眺めながら、ドキドキが静まるのを待った。



その夜。中華街で肉まんをかじっていると、スマホに通知が届いた。


添付されていたのは、地上から撮られた一枚の写真。


——観覧車の中で、あかりと抱き合う俺の姿だった。


「な、なんでこんなのまで……!」


顔から火が出そうになりながら、今日一日の出来事を思い返す。


恥ずかしさと同時に、次にあかりとどんな顔をして会えばいいんだろうと悩むのだった。




ーーーー

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