第3話 俺はイベントサークルで美人と出会いたい(前編)
朝の光がカーテンの隙間から差し込む。昨日から始まった二人暮らしの生活は、まだ現実感が薄い。
リビングに行くと、エプロン姿のあかりが立っていた。炊きたての白米の湯気と、味噌汁の香り。テーブルには焼き鮭と卵焼き、そして小さな弁当箱が並んでいる。
「おはよう。お兄ちゃんの分、できてるよ」
笑顔で差し出される弁当の中身は、そぼろと卵の二色ご飯に、ブロッコリーとちりめん山椒。
「昨日の夜のうちに下ごしらえしてたの。お兄ちゃんの好みに合わせて、ご飯はちょっと固めね」
「……ほんとに用意してくれたんだ」
あかりの距離感が近すぎて、まだ落ち着かない。
食後、片づけを手伝おうとしたところで、ポケットのスマホが震えた。画面には「佳奈姉」。長女の姉からだった。
「おはよ、東京生活どう?」
「どうって……まだ始まったばっかだよ」
「昨日の夜は? 一緒に寝たの?」
「なっ……! ち、違うから! ちゃんとそれぞれのベッドで寝たよ!」
「あら、意外と真面目ね。あかりちゃんは本当にいい子よ。うちの家族もみんな大歓迎。……でも覚えておいて。手を出すんだったら、ちゃんと責任をとるのよ」
「いやいや、待てって。俺は東京で起業するから、田舎には帰ら——」
「まぁー、あなたの決断次第よ。あかりちゃん、あなたと同じ大学に行くって頑張ってたみたいから」
「……」
「姉としては、あかりちゃんと結婚して山谷屋のお婿さんになるのもいいと思うわよ? それよりもっといい話でもあるのかしら?」
姉の声はまるで試すようだった。
「俺は……東京で起業して成功する! 田舎には帰らない!」
言葉を吐き出すように言って、通話を切った。
山谷屋。あかりの実家は、地元でも評判の佃煮屋だ。木の看板に墨文字。夏は鮎、冬は牡蠣の佃煮。観光客にも人気で、土産物としても定番。
あかりの両親は温厚で、俺も何度も世話になった。嫌いじゃない。むしろ人としては尊敬している。
でも——。
あの田舎の小さな町で一生を過ごすのは、どうしても想像できなかった。変わらない景色、変わらない会話。息苦しさを感じて、だからこそ浪人してまで東京を目指したのだ。
(俺は……俺の人生を、東京で切り開くんだ)
大学のキャンパスに入ると、新歓ビラを持った上級生たちが並んでいた。体育会系、軽音、映画研究会……どれもピンとこない。
「ねえ、新入生?」
不意に声をかけられ、振り返ると、黒髪をアップにまとめた美人の先輩が立っていた。白いブラウスにスカート。シンプルだけど洗練された都会の雰囲気。
「イベントサークル“Seasons”って言うんだけど、どうかな? 私たち、季節ごとにイベントを企画して、知り合いや友達を誘って楽しむの」
「イベント……ですか?」
「うん。春はお花見、夏は浴衣で縁日ごっこ、秋は学園祭で屋台、冬はイルミネーション散歩とか。小規模だけど、みんなで一から作るのが楽しいの」
新たな出会いを感じさせる言葉に、心が一気に引き寄せられる。
「良かったら、新入生歓迎会が今夜あるから来てみて。未成年にはお酒は出さないから安心して。ノンアルコールのモクテルと軽食で、交流会するから」
差し出されたビラにはカフェの写真。ガラス張りで、夜はライトアップされるらしい。
「俺、桐谷って言います」
「私は小早川。よろしくね、桐谷くん」
柔らかく微笑む顔に、思わず心臓が跳ねた。
(よし。俺は東京で、新しい出会いをつかむ。田舎には絶対に戻らないんだからな)
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