内黄 その2

 鄧奉とその弟鄧終とうしゅうは、鄧晨・陰識いんしきいん麗華れいかと同じく新野しんやの出自である。前皇帝劉玄りゅうげんの将が新野に立ったが故に鄧奉はその北の淯陽に拠った。劉秀が陰氏を召したので、鄧奉は警護を兼ねて同道した。しかるに新野は、大司馬呉漢が突騎とっきを率いて襲う所となり、これに降った。突騎は掠奪りゃくだつを生活のかてを得る正当な手段と見なす族の流れを汲む騎馬の民、烏桓うがんである。従って、好んで新野の富裕層を襲う。呉漢、劉玄の将が地元の富者・豪族の支援で立つことを知り、自らは南陽宛の出なれど貧民の出自であるので新野の富者に知己ちきは無く、更に軍を分けたため、かせとなる朱祐も側にいなければ、劉玄の将の足元を崩せると、遠慮無く突騎の掠奪を許す。

 そこに鄧奉が新野侯として故郷に錦を飾ろう、旧交を温めようと戻れば、町並みは荒れ、まるで見知らぬ廃墟を訪れたかのように当惑させられる。そこで偶々再会出来た知己・旧縁は、窮状きゅうじょうを訴える。蓄えた兵糧を奪われるだけならまだしも、家財を奪われ、火矢を射られて家を焼かれ、妻娘さえ奪われた者もあると言う。鄧奉の軍の兵士に泣くものあり、問えば許婚いいなずけを奪われたと言う。鄧氏は新野の豪族故に、親族縁者は多く、その窮状を聞かされるに連れて、いきどおりが込み上げる。鄧終、兄に向いて言うに、こんなことがあって良いものか、これが許されて良いものか。鄧奉、弟に言われるまでも無く、義憤ぎふんに駆られる。

 そして当の呉漢は、まだこの南陽で劉玄の残党或いは楚黎それい秦豊しんほうの衆と戦うため、再び北から戻り来ると知れば、兵士はこれを討とうと欲す。将、兵の好むに合せれば、軍強しと言う。将兵一致して呉漢を撃つべしと意が揃えば無類の強さとなる。一方、呉漢、友軍とおぼしき鄧奉に備えなど無い。呉漢、鄧奉に襲われれば破られる所となり、輺重しちょうを奪われる。後先考えずに動いた鄧奉だが、皇帝麾下きかの大司馬を撃つということは反逆はんぎゃくを意味する。よって鄧奉は淯陽に拠り、諸賊と合従がっしょうした。董訢とうきん堵陽しゃように拠り、許邯きょかんきょう挙兵きょへいする。いまだ平らげられていない劉玄の余党、涅陽でつよう左防さぼうれき韋顔いがんが在れば、南陽の主都宛は反劉秀勢力に囲まれて孤立した。

 宛の守将は右将軍万修ばんしゅう揚化ようか将軍堅鐔けんたんである。万修、ろうに登ろうと言い出す。我は三輔さんぽの出であれば、南陽の地理に疎い故と。堅鐔、万修と共に楼に昇って周囲を指す。北を向けば酈、北東を向けば堵陽、南東を向けば杏、南を向けば淯陽、南西を向けば涅陽となる。正に囲まれた状態である。堅鐔、宛を出ればすなわち叩かれる所となり、退しりぞく事も出来ぬ故、ただ城を守るしかない、さもなくば降伏するか、と言う。万修は、かつ岑彭しんほう将軍は王莽おうもうの臣下として、この宛を守り、城内で人が人を食むようになって漸く城を開けると聞くが、と言えば、堅鐔、左様なりと答える。そこで万修、我らも、岑彭将軍を真似、穀が尽きるまで守るだけ守るべし、されば陛下が援兵えんぺいを賜わろうと言えば、堅鐔もうなずく。


 九月二日壬戌じんじゅつ、皇帝劉秀は弘農こうのう郡が破られたとげきを受け内黄から洛陽らくように戻る。

 きょうの賊蘇況そきょうが攻めて、郡守を生け捕った。また、弘農の金門山きんもんざん白馬山はくばさんから出たことより、金門・白馬と号する賊が東進していた。劉秀、景丹が弘農に威名をせるを知るゆえ、太守を兼ねさせようと、夜にも拘わらず直ちに召せば、病益々ますますあつくして伏せる景丹、熱に浮かされ覚束おぼつかなく拝謁はいえつする。

 劉秀曰く「弘農太守はまかせる所無く、賊に害される所となる。今聞けば、赤眉せきびは西より来て、恐らく蘇況は郡を以てこれを迎えよう。賊、京師けいし切迫せっぱくしよう。しかし将軍の威重いじゅうを得れば、してさえ以てこれをちんずること足れり」

 景丹、事の重大さをさとあええてせず、病を押して命を拝し、兵をひきいて郡に到るも、十日余りにしてこうじた。

 劉秀、ほぞを噛む。既に彭寵、蘇茂そぼ、鄧奉にはそむかれ、叔寿しゅくじゅ劉植りゅうしょく、その上、劉秀の読みが甘くて景丹までも失う。劉秀、景丹の役目を継がせる者を考える。

 鄧晨を目付けとして付けた賈復は郾の東、汝南の召陵、新息を撃ち平定する。潁川を平定できれば、賈復がく。潁川太守は寇恂ゆえ、太守一人に任せても良かろう。とう郡を一応収めれば、耿弇、陳俊が空く。東郡太守は耿純こうじゅんゆえ、武将を外しても良かろう。他には馮異、王常、臧宮がいる。梁は蓋延、王覇おうは馬武ばぶ劉隆りゅうりゅう馬成ばせいらがり付き、南陽は岑彭、朱祐らに任せている。只気がかりなのは孤立した宛である。万修・堅鐔がどれほど持ちこたえてくれるか。

 更に懸念けねんするは、幽州である。梁・南陽が早々に片付けば、その兵をうつそうと思っていたが、南陽は迂闊うかつに手が抜けない状態になってきた。それから三輔・赤眉・鄧禹とううの問題を考えねばならなかった。

 当初、鄧禹には権威があった故、容易に西進できたが、今、威名が失われ、戦巧者の馮愔ふういん樊崇はんすう宗歆そうきんを失えば、元々武官でないのが突かれる所となっていた。鄧禹の居る三輔は弘農郡のすぐ西である。

 劉秀、取りあえず強弩大将軍陳俊に河南かなんに入った弘農の賊の相手をさせることにし、太守は別に考えることとした。次に破姦はかん将軍侯進こうしんを函谷関の関都尉かんとい陰識の増援ぞうえんと為す。建威大将軍耿弇には、洛陽の南西、伊関いかんから陸渾関りくこんかんと順に関を守らせる。既に中郎将ちゅうろうじょう王梁おうりょう河内かない河東かとうさかい箕関きかんを守れば、これで賊は関東・関西を自在には動けなくなる。

 劉秀、更に西征を再考しようと、鄧禹に情勢を報告させる。

 侯進・耿弇・王梁が関を堅守し、賊を押し返せば、陳俊は、逃げる金門・白馬を河内に追い、撃ってこれを破る。

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