第25話
あれから、KIRISAWAには『海辺から』がずらりと平積みされ、翔子さんとはっしが「うちのスタッフの杏が装丁を描いたんですよ!」と得意げに宣伝しまくったおかげで、町ではちょっとした話題になった。
商店街を歩けば「杏ちゃん!あの本買ったんよ!孫にも送ったけえね!」なんて声をかけてもらえる。
嬉しいけど、正直ちょっと小っ恥ずかしい。
美大でも「玉木青の装丁を手がけた生徒」として一気に顔が知られるようになり、同級生だけじゃなく知らない下級生や上級生からサインを求められることすらあった。不思議な感覚だった。
『海辺から』はその後も順調に売れ続け、すでに重版も決定。本屋ではここ1か月、売上ランキング1位を死守している。さすがは玉木青だ。
ある土曜日。ランチタイムからのバイトは、ちーちゃんと隼と私。翔子さんは銀行へ出かけ、はっしはカウンターで仕込み中だった。
「『海辺から』さ、やっと読み終わったんよ。陸と沙也加って、なんか隼と杏っぽくない?」
テーブルを整えながらちーちゃんが言う。
「それ、私も思ってた」
本棚を整理しながら私は相槌を打った。
隼は聞こえているはずなのに、窓を黙々と磨き続けている。
「えー?隼と杏?じゃあ俺は?俺も出てくる?」
仕込み中のはっしが声を張った。
「出てこんよ!てか、はっしまだ読んでないん?」
「いや、俺小説苦手やねん。でも杏たんの絵は毎日拝んでるから安心してな」
「中身を読め。」
私の冷たい一言に、はっしはわざとらしく肩を落としてみせた。
「面白いのにー!あたしも活字苦手やけど全部読めたもん!やっぱ玉木青ってすごいわ!……隼はもう読んだ?」
「おう」
短く返した隼は、また無心で窓に円を描くように布を動かした。
その時、ドアベルが鳴り、翔子さんが帰ってきた。
スマホを片手に、やけに興奮している。
「ねえ!聞いて!今度、玉木青の出版記念講演会があるんだって!広島市の交流会館で!」
「ええっ!?」
思わず声が裏返る。
「ってことは、正体を明かすってこと?玉木青本人が?」
「そうそう!すごいよね!しかも『海辺から』が広島舞台だから、広島でやるんだって!これは絶対全国からファン来るよ!チケット争奪戦だろうけど……青木さんが取ってくれるって!」
「え、行きたい!どんな人なんじゃろ。あたし的には男性な気がする。舘ひろしみたいな!」
ちーちゃんも興奮している。
「いや、女性だよ。私的には天海祐希みたいな感じ」
私が思い描いている玉木青は、美しくて凛とした大人の女性だ。
「いやいや!実はスギちゃんかもしれんで!ワイルドだろぉ〜?」
はっしがボケて、空気が一瞬微妙になる。
「はいはい、とりあえずKIRISAWAの営業的には全員では行けないから。女子3人で行こう!2月22日は男子に店を頼むね」
翔子さんが仕切ってまとめた。
「……杏の誕生日やん」
隼がぽつりとつぶやく。
「あ、ほんとじゃ!すごいじゃん!誕生日に憧れの人に会えるなんて!」
ちーちゃんが笑顔で言った。
「うん……」
胸の奥がじんわり熱くなる。
会えるのだろうか、玉木青に。もし直接話すチャンスがあれば、どうしても伝えたい。
これまで何度も彼女の言葉に救われたこと。そして、私を装丁に選んでくれたことへの感謝を。
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