第2話 群青色のひみつ

放課後の図書室。

カーテンごしの光がやさしく差しこみ、しんと静まり返っていた。


窓ぎわの席に、美咲がいた。

スケッチブックをひらいて、鉛筆を走らせている。

その紙の上には、大きな雲が描かれていた。


「……!」

思わず声が出てしまう。


美咲が顔をあげ、金色の目がこちらを見た。


「あなた、昨日……見た?」

小さな声。でも胸にずしんと届く。


「え?」

「ネコの夢」


ドキン、と心臓が鳴った。


「……見た。白いネコで、金色の目で」

言うと、美咲の表情がすこしやわらいだ。


「やっぱり」

彼女はスケッチブックを閉じ、机に手を置いた。

「わたし、前の世界ではネコだったの」


「えっ……ネコ?」

ぼくは思わず声をあげる。


「そう。そして、あなたに未来を思い出させるために来た」

「ぼくに?」


美咲はうなずいた。

その目が一瞬、細くなって光った。夢で見たネコの目と同じだった。


そのとき、ポケットがじんわり熱くなる。

ぼくは群青ぐんじょう色のえんぴつを取り出し、机の上に置いた。


美咲の目が、それを見て静かに光る。

「それは、わたしが渡したもの」

「……やっぱり!」

「未来を描くための色」


胸がドキドキして、手が震えた。

勝手に動くみたいにスケッチブックを開き、線を走らせる。


雲、空、夕日。

その上に、白いネコがちょこんと座っていた。


「……!」

描き終えた瞬間、胸の奥がじんわり熱くなる。

目がかすかににじんだ。


「ぼく……描きたいんだ」

声がふるえた。


美咲はにっこり笑った。

「翔太くん、やっと始まったね」


その笑顔は、教室で見せた無表情とはちがう、あたたかいものだった。


窓の外。

蝉の声がぴたりとやんで、空が群青色に染まりはじめる。

スケッチブックの絵も、ほんの少し光って見えた。


(これは夢じゃない。本当なんだ)


ポケットの群青色が、またすこし熱を帯びる。

未来を描くための色。

ぼくの手は、もう知っている。


そのときはまだ、これから何が起きるのかなんて、ぜんぜん知らなかった。

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