第29話「“元”剣聖、黒幕を知る」
礼拝堂を揺るがす剣撃の応酬は、もはや戦いというより災厄だった。
レイスとゼス、双剣と大剣――その激突が生む衝撃波に、石造りの壁がひび割れ、天井の梁が悲鳴のような音を立てる。
「そろそろ――潮時だな」
レイスが低く呟くと同時に、床を蹴って距離を詰めた。だがそれは攻撃のためではない。
ゼスの大剣を紙一重でかわしながら、壁際の柱を斬り裂く。
ギギ……ギシリッ。
構造を支える柱が折れ、老朽化した礼拝堂は一気に崩壊を始めた。天井が落ち、壁が崩れ、土煙と瓦礫が視界を覆う。
「剣聖……ッ!」
ゼスが声を張り上げたが、その声に返答はなかった。
視界を塞ぐ土煙の中、ゼスはしばらく沈黙していた。やがて、誰もいない空間を見据えたまま、静かに呟く。
「……逃げられたか」
無感情な口調。だがその瞳には、わずかな苛立ちがにじんでいた。
ゼスは剣を納め、瓦礫と灰に覆われた礼拝堂を背に去っていく。
◆
その頃――礼拝堂の地下。
かつての王宮時代、脱出用に造られた避難経路。その空間に、レイスの姿があった。
天井から落ちてきた破片を避けつつ、瓦礫をかき分けて這い出す。
「……計算通りってやつだな。久々に、脈が跳ねたぜ」
埃まみれの肩を払うようにして呟いたレイスは、地下空間の奥へとゆっくりと歩を進めた。
――その背後。闇の中に、ひとつの影が浮かび上がる。
「で? お前はいつまでかくれんぼしているつもりだ? ストーカーはカワイ子ちゃんがいいんだけど、その足運びからして男だろ」
「……ははっ。さすがだね、感覚は全く衰えてなさそうだ」
懐かしい、だが聞きたくはなかった声。背後にぴたりと張り付くような気配に、レイスは即座に振り返る。
黒のローブに身を包み、長身の男がそこに立っていた。
フードの奥から覗く瞳は、懐かしさと冷酷さを同時に湛えていた。
「……ハウゼン」
空気が張り詰める。
「久しぶりだね……レイス」
ハウゼン――かつて勇者と共に戦った賢者であり、もう一人の転生者。
ユインによって暗殺されたはずの男。
「ああ、そうだな。俺以外はユインが殺したと聞いていたから死んだと思っていたよ」
「そんな簡単には死なないよ。僕には僕の“目的”があるからね」
ハウゼンの声音は穏やかだった。だが、その裏に潜む冷酷な意志は隠しようもない。
「どうせ腐ってる国だ、僕がもらってやろうと思ってちょっとずつ準備してたのに、全部台無しだよ」
「王子を操ってたのは……お前か」
「導いただけさ。僕は選択肢を提示した。どう動くかは、彼の“資質”による」
その答えに、レイスは短く息を吐いた。
「じゃあ……ここで終わらせる」
レイスが双剣に手をかけ、一歩踏み出した――その瞬間、ハウゼンの姿はふっと掻き消えた。
「お好きにどうぞ。僕は手を引くよ、まだ君とやり合うには早い。”またね”、レイス」
去り際の言葉が静かに響いた。
「……幻影か。相変わらず、やっかいな奴だ」
残されたのは、微かに漂う魔力の残滓のみ。
レイスはその空間にひとり残り、静かに呟いた。
「生きてたってのか……ハウゼンが。あいつが動いてるなら、この国の腐敗は――まだほんの序章にすぎねぇ」
◆
その少し後、王女レオノールたちは地下通路を進んでいた。
古びた石壁に囲まれたその道は、ひんやりと冷たく、行く手に不安を灯していた。
「この先にある部屋に入れば、少しは落ち着けるはずです」
セリアの言葉に、王女は小さく頷いた。
だが、その歩みに迷いが混じっているのは誰の目にも明らかだった。
「……本当に、あれでよかったのかしら。私、何もできなかったのに……」
「殿下」
隣を歩いていたユインが、落ち着いた声で告げる。
「レイスはそのために残ったんです。あの人がどれだけ考えて行動してるか、私たちが一番知ってるでしょう?」
「……ええ」
レオノールは目を閉じ、そして静かに顔を上げた。
やがて一行は、旧王宮の奥に隠された一室へと辿り着く。
扉が閉じられた空間で、ユインが口を開いた。
「これからの動きを、急いで決めましょう。敵は、もうこちらを本気で潰しに来るつもりです」
それは、王女派が初めて自らの意思で“反撃”を選び取るための第一歩だった。
――――――――――――――――――――――
あとがき
見て下さりありがとうございます!
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