第25話「“元”剣聖は、語られる声の盾となる」

 ――夜が明け、光が街を包み始める。


 王都の空には雲一つなく、風も穏やかだった。

 

 まるで、この日が歴史に刻まれるとでも言うような、清廉な空気が漂っている。


 控室には、出発前の静かな緊張が満ちていた。


「殿下、マントの留め具が歪んでいます」


 ユインが王女の肩元に手を伸ばす。レオノールは鏡に映る自分の顔をじっと見つめていた。


「緊張してるようには見えないですね、殿下」


「してないわけじゃないのよ。ただ……」


 レオノールは目元に手を当て、深く息を吐く。


「この国を、もう一度だけ信じてほしい。その思いが、私を支えてるの」


 ユインは一瞬、何かを言いかけて口をつぐむ。そして静かに微笑んだ。


「……なら、私もそれを支える側に回るだけです」


 そこに扉がノックされ、セリアが顔を見せた。


「時間です。移動を開始します」


 レイスは無言で立ち上がる。双剣を腰に携え、静かに王女の背後に立った。


「……行こう。舞台は整ってる」


 レオノールは一度、全員の顔を順に見渡した。そこには不安よりも、決意を分かち合う者の信頼があった。


「ええ、行きましょう。私たちの言葉を――届けるために」


 

 ◆


 

 王都中心広場には、すでに多くの民衆が集まり始めていた。


 普段は露店と笑い声に溢れるこの広場も、今日ばかりは静けさとざわめきが混ざった奇妙な空気を纏っている。


「来るらしいぞ……王女様が」

「演説なんて久しぶりじゃねぇか?」

「どうせ綺麗事だろうが、……一応聞いとくか」


 そんな声が飛び交う中、舞台裏では着々と準備が進んでいた。


「東と南の路地、騎士団展開完了」

「弓兵配置は完了。非常脱出ルートに民間人の通行を制限」

「群衆の中に混じってる“不穏分子”は、目視では確認できず」


 セリアが各部隊からの報告を受け、即座に指示を飛ばす。

 

 ユインは屋根上の警備を確認するため、数人の騎士を引き連れて周辺の状況を巡回していた。


 そんな中、舞台袖では王女レオノールがゆっくりと深呼吸をしていた。手には、かつて用意された演説の台本。だがそれはすでに、折りたたまれて小さな袋の中に仕舞われていた。


「……よし」


 彼女が小さく呟いたとき、レイスが背後から声をかける。


「緊張してんなら、いっそ歌でも歌うか?」


「そうね、あなたとデュエットでもしたら、緊張も吹き飛ぶかも」


 レオノールは軽く笑う。その顔に浮かぶのは、政治家の仮面ではない。一人の人間として、伝えたい想いを抱える少女の表情だった。


「行ってきます、レイス」


「ああ。……堂々と、自分らしくな」


 王女は舞台へと歩み出る。


 陽射しが街を照らす空の下、白い衣を翻しながら、彼女は壇上に立った。


 その陽射しが”希望”とならんとするかのように――。


 

 沈黙――数秒間の静けさ。


 レオノールがマイクの前に立った瞬間、広場を囲む民衆のざわめきが徐々に消えていく。

 

 誰もが、息を飲んでその口元に注目していた。


「皆さん。本日は、お集まりいただきありがとうございます」


 最初の声は、少しかすれていた。だが、それはすぐに力を帯びていく。


「私は、王女レオノール・アンレスト。……そして、皆さんと同じこの国の一人の民として、今日、ここに立っています」


 民衆の間に、どよめきと疑問の視線が走る。


「今の王政には、確かに問題があります。腐敗し、民の声に耳を傾けない者たちがいます。私もまた、それを見て見ぬふりをしてきました。……ですが」


 レオノールは一拍おいて、拳を握る。


「私は今日、変わります。皆さんと共にある王族として、“正しい声”を守る者でありたい」


 場が静まり返る。

 

 セリアは遠巻きからその姿を見つめながら、小さく呟いた。


「……言葉が、届いてる」


 レイスは群衆の隙間を見回しながら、わずかに眉をひそめる。


(だが――やつらが黙ってるわけがねぇ)


 その直後だった。


「演説は、成功させちゃならねぇ」


 広場西側の屋根の上、黒装束の影が囁いた。


「“標的”は王女。だが、剣聖が警護についてるとなれば――」


 その男は片目を細め、毒の塗られた刃を持ち上げる。


「なら、まずは……“剣聖狩り”からだ」


 

 ◆


 

 ――そして、誰も知らない。


 この演説に忍び寄る刺客すらも“陽動”に過ぎなかったことを――


 誰も気づかぬうちに、王城の影にもまた、“刃”が忍び寄っていた。



――――――――――――――――――――――

あとがき


見て下さりありがとうございます!

手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!


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――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――

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