月隠れの道を越えて

紗有璃

第1話 星の落ちた夜

星の落ちた夜に

満天の星が、しんと静まり返った山の空を覆っていた。

空気は凍るほど冷たく、月は雲の向こうでぼんやりと滲んでいる。


その夜、天川家の巫女――名を「織理(おり)」といった――は、ひとりで神域の奥に足を踏み入れていた。


星々が語りかける声を、誰もが聞けるわけではない。

星詠(ほしよみ)の家系に生まれた織理は、星の囁きを聞くことができた。

だが、その夜の星々は、いつもと違った。


《堕ちてくる。堕ちてくる。地を裂く者が、再び現れる。》


──それは、千年ぶりの予言だった。


白装束の裾が夜露に濡れる中、彼女は神域の岩座へと進んだ。

そこに、ぽっかりと開いた暗黒があった。

まるで、空から引き裂かれたような黒い裂け目。風が渦を巻き、土が焦げ、木々が倒れている。


その中心に、男がいた。


全身が煤に塗れ、黒銀の鎧の破片を纏った、二本の黒い角のある巨躯。

片腕がなく、だがその身には圧倒的な力の残滓が満ちていた。

そして――その双眸は、まるで千の戦場を見てきたような、血と闇と後悔の光で満ちていた。


「……誰だ、お前は」


その声は、雷鳴の余韻のように低く、震えていた。


織理は恐れなかった。星が語っていた。

《出会え、交われ、命を紡げ。お前たちは星の導きに選ばれた者。》


彼女は、そっと近づいた。


「私は天川の巫女。星が、あなたを迎えよと告げました。」


男は、その場に膝をついていた。

だが、彼女の言葉を聞いた瞬間、まるで魂の底が震えるような何かが、彼の内に灯った。

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