第2話 転生勇者と天才たちの出会い -2
夕方になり、カイたち3人は野営の準備を始めた。
しかし、カイのやり方は、レオンから見ればあまりにも奇妙だった。
「カイ、その棒は何に使うんだ?」
ルナが、カイが地面に突き刺した金属の棒を指さして尋ねた。
「ああ、これは『テント』のポールだよ。こうやって、布をかけて…」
カイは、慣れた手つきでテントを組み立て始める。ルナとセレナは、初めて見る光景に目を丸くする。
「私たちがいつも使っているテントとは違うのですね…」
セレナが感心したように言う。
「でも、魔法で一瞬で設営できるのに、どうしてわざわざそんな手間のかかることをするんだ?」
ルナが不思議そうに尋ねた。
「ふふん、それは『キャンプ』という、俺の故郷の文化なんだ」
カイは、笑顔で答えた。
セレナもルナに負けじと、カイの作業を興味深そうに見つめる。
「『キャンプ』…?自分で…生活…? 野宿とは違うのですか!?」
セレナは、その言葉に目を輝かせた。聖女としての生活では、すべてが用意されていた。自分で何かをすることの喜びを、彼女は初めて知った。
「へぇ、これが勇者様の故郷の文化か…」
ルナは、クールな表情を保ちながらも、その道具を触りたそうにしていた。
その様子を、物陰から見ていたシスティナは、口元に笑みを浮かべた。隣のレオンは、カイが火打ち石を使って火を起こす様子を見て、冷や汗を流していた。
「システィナ、止めた方が…」
「ふふふ…大丈夫よ。勇者様の命を、こんなところで終わらせるわけにはいかないわ」
システィナは、そう言いながら、密かに鍋に魔法をかける。すると、鍋の中の毒キノコは、見る見るうちに美味しいキノコに変わっていく。
「ほら、できたぞ。みんなで食べよう」
カイは、鍋料理を皿に盛り付ける。ルナとセレナは、恐る恐る一口食べる。
「っ!これは…」
「…美味しい…」
ルナとセレナは、その美味しさに再び言葉を失った。
「ふふふ…レオン、見た?あの勇者様、天然のたらしね…」
システィナは、満足げに笑う。レオンは、システィナの言葉に頷きながらも、カイたちの楽しそうな様子に、少しだけ羨ましさを感じていた。
◇◆◇◆◇
夜も更け、静けさに包まれた森の中、焚き火の炎がパチパチと音を立てていた。カイはルナとセレナに、故郷の「キャンプ」の思い出話を聞かせていた。
「俺の故郷じゃ、こうやって星空を見ながら、みんなで歌を歌ったりするんだ。マシュマロって知ってる?焚き火で焼くと、中がとろっとして、外はカリカリになって美味しいんだ」
カイはそう言って、ストレージから白いふわふわしたお菓子を取り出した。ルナとセレナは、彼の話に目を輝かせ、マシュマロを焚き火にかざす。初めて見る光景に、二人は童心に返ったように楽しんでいた。
「…カイさんの故郷、素敵な場所ですね」
セレナが目を潤ませながらつぶやいた。ルナも小さく頷き、静かに空を見上げる。そんな和やかな空気を、突然の物音が切り裂いた。
「…何かの、足音…?」
ルナが耳をぴくぴくさせて、警戒した。セレナは青ざめた表情でカイの袖を強く握りしめる。
「…大丈夫だよ。こんな森の中に、モンスターなんて…」
カイはそう言って笑ったが、彼の言葉が終わる前に、茂みから十体ものゴブリンが姿を現した。血走った目で、涎を垂らしながら、手に持った棍棒を振り回している。
「ひぃっ…ゴブリンだ…!」
ルナとセレナは悲鳴を上げた。だが、逃げ出すことはしない。ルナは咄嗟に前に出て、手のひらに魔力を集中させる。
「…くっ…!」
彼女の耳が恐怖と怒りでぴくりと震え、魔力が不安定に暴走し始めた。
それでも、天才的な才能が成せる技か、巨大な炎の塊が三体のゴブリンを飲み込み、一瞬にして塵と化した。
だが、その反動でルナは魔力を大きく消耗し、膝から崩れ落ちる。
「ルナ!」
カイが叫ぶ。その隙に、別のゴブリンがセレナに襲い掛かろうとする。セレナは震える声で聖なる祈りを捧げた。
「ひっ…聖なる光よ…!」
彼女の掌から放たれたのは、清らかな光の奔流だった。それはゴブリンの穢れた身体に直撃し、不気味な煙を上げさせる。ゴブリンは苦痛に顔を歪めながらも、その聖なる力に怯んだ様子を見せる。
だが、それはあくまで一瞬のこと。ゴブリンはすぐに体勢を立て直し、怒りの形相でセレナを睨みつける。
「お、俺が…俺が守る!」
カイはそう叫び、近くに落ちていた木の枝を拾い、ゴブリンに立ち向かおうとする。その勇敢な行動は、無謀でしかなかった。ゴブリンはカイの存在を気にすることなく、棍棒を振り上げた。ルナとセレナは悲鳴を上げて、目を固く閉じた。
その瞬間、風を切り裂く音が響き、一本の光の矢がゴブリンの一体を正確に貫いた。
ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく、その場で塵と化す。続けて、轟音と共に地面から巨大な岩の壁が隆起し、二体のゴブリンを押しつぶした。彼らもまた、岩の壁に押し潰されて消滅した。
何が起こったのか分からず、呆然と目を見開く三人。
茂みから姿を現したのは、銀色の髪を持つエルフの賢者、システィナと、騎士の鎧を身につけたレオンだった。
「ふふふ、お困りのようね、勇者様」
システィナは不敵な笑みを浮かべながら、ルナとセレナの顔をじっと見つめる。
「…システィナ様…!」
ルナは、システィナの姿を見て、驚きと戸惑いの表情を浮かべた。
彼女は、王宮でシスティナの講義を受けたことがあった。伝説の賢者として、彼女の名前を知らない者はいない。
「まさかこんな場所でお会いするなんて……」
ルナは憧れのまなざしでシスティナを見つめた。 セレナもまた、目を輝かせていた。
「…レオン様…!」
セレナは、レオンの顔を見て、目を見開いた。レオンもまた、王国の有名人だった。
「剣術大会で優勝されたレオン様……!」
セレナは、王都の貴族たちが彼らのことを「王国最強のカップル」と噂していたことを思い出していた。
「お二人は…」
ルナとセレナは、互いに顔を見合わせ、信じられないという表情を浮かべる。二人は、まさかこんな場所で王国の有名人に出会うとは思ってもいなかった。
「…どうして、こんな場所に…?」
ルナが、不信感を露わに尋ねる。システィナは、その質問に答えず、ただ不敵な笑みを浮かべていた。
「ふふふ、私たちは王宮から派遣された者よ。あなたたちの旅に、同行しなさいという命令を受けてね」
システィナはそう言って、ルナとセレナの反応を楽しむように笑った。
「…その質問、細かいことは、後でいいか?」
レオンが、少し困った顔で言った。彼の顔には、ゴブリンを倒した後の疲労の色が浮かんでいた。
「…え?」
ルナとセレナは、レオンの言葉に戸惑う。
「私たちも、夜通しゴブリンの討伐をしていたんだ。君たちが、のんびりとキャンプを楽しめるように…」
レオンの言葉に、ルナとセレナは、今までの自分たちの行動を思い返し、顔を赤らめる。
「ふふふ、レオン。そんな真面目な顔をして、面白くないわね」
システィナは、レオンをからかうように笑った。
「さて、勇者様。あなたの旅は、これからもっと面白くなるわよ…?」
システィナは、そう言いながら、カイのほうに歩み寄った。ルナとセレナは、彼女の言葉に、これからの旅が波乱に満ちたものになることを予感した。
「まだ残ってるぞ、システィナ」
レオンが冷静な声で告げた。その言葉に、システィナはちらりと残りのゴブリンに視線を向ける。四体のゴブリンは、依然としてカイたちに襲い掛かろうと棍棒を振り上げていた。
「ふふふ、もういいわ。退屈な舞台は、さっさと幕を引かないとね」
システィナはそう言いながら、片手を軽くかざした。すると、残りの二体のゴブリンの足元に、突然、巨大な魔法陣が現れた。ゴブリンたちは悲鳴を上げる間もなく、魔法陣の光に飲み込まれ、一瞬で消滅した。
「!」
レオンは、その様子を横目に、残りの二体のゴブリンに近づいた。
彼は腰の剣を抜くと、一瞬で二体のゴブリンの首を刎ねた。ゴブリンたちは、血を噴き出すこともなく、そのまま塵となって消えていった。
「これで終わりだ」
レオンは、剣についた血を払いながら、冷静に言った。
こうして、勇者カイの旅に、新たな二つの影が加わった。
それぞれの思惑を胸に秘めた五人の旅が、現代人の価値観と異世界人の常識がぶつかり合いながら、静かに幕を開けたのだった。
「よろしくね、勇者さま。私が最高の冒険を演出してあげるわ!」
システィナは、口元に手を当てて、怪しく微笑むのだった。
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第3話へ直接飛びたい方はこちらから
https://kakuyomu.jp/works/16818792439571056772/episodes/822139836334421190
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