鋼鉄の精神、ガラスの心

Algo Lighter アルゴライター

序章:檻の設計図

筋肉は、魂の檻だ――。


いつだったか、あの男はそう言った。声は囁きのように小さかったが、耳の奥で響き続ける鐘の余韻のように、今もなお俺の中に残っている。その一言は、ただの比喩ではなかった。世界から取りこぼされた秘密を、静かに渡されたような感覚。あの夜以来、ヘヴィウェイトのプレートが床に叩きつけられるたび、鈍い残響は俺の頭蓋を震わせ、彼の声を呼び覚ます。


それは決まって、不意の瞬間に蘇る。満員電車で隣人の肘が脇腹に突き刺さる時。クライアントから理不尽な要求を突きつけられ、深々と頭を下げたとき。その度に耳元で聞こえる。お前の檻は、そんなものか――と。


鏡に映る男は、一年前の俺ではなかった。かつて青白く痩せこけ、モニターの光にさらされていた男はもういない。今の肩は厚みを増し、ワイシャツを押し広げている。前腕には蛇のような血管が浮かび、握った拳は確かな質量を持つ。だが、それでも俺は知っている。この肉体はまだ完成していない。鋼鉄で覆ったはずの要塞にも、設計図には描かれなかった脆弱な継ぎ目があるように。魂を守るはずの檻にも、ガラスの小窓が嵌め込まれている。小さな衝撃ひとつで、あっけなく砕け散る硝子片のように。


かつての俺がそうだったように。


だから今日も、俺は仕事鞄をジムバッグに持ち替え、あの錆びた鉄の扉を押し開ける。鉄の匂いが鼻を刺す。耳の奥では幻聴のように、あの男の声が蘇る。


――まだ行ける。お前の限界は、そんなものじゃない。


厳しくも、どこか哀しみを湛えた声だった。


これは、俺という名の脆いガラス細工が、一人の男と出会い、そして失うまでの記録だ。錆と汗と、かすかな希望に満ちた、鋼鉄の物語。そして俺が「妖精」と呼んだ男が、魂の檻を築くために遺していった残響の物語である。

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