033_改穣716年_夏/2
よっす。
旅を続けているオレだぜ。
行商が次の雇い主に紹介してくれるおかげで食いっぱぐれることがなかった。
安定した旅路のなんとありがたいことか。オレたちは大きな都市へと近づいていた。
当初の目標としては東方最大の都市である
イスル大近衛家という貴族が支配しているところらしい。
「イスル大近衛家って女の子が嫡子のところだったよな?」
「ああ、そうだね」
「荒っぽい連中が多いし、当主になってもあの細腕じゃあ大変そうだよな」
彼女をトロフィー代わりにしようとしていた連中のことを思い出す。
あの調子じゃ他にも『ガキだからいいように扱ってやるぜ』とか思っていそうな連中がいそうだよなあ。
「イスルちゃ──その人を知ってんのか、ゼログ」
「実は少しだけ関わりがね」
会って、縁も紡げそうだったけど別の要因で殺されちゃったんだよね、しかもなんか連れ去られてた。アハハ! なんて言える雰囲気ではないよなあ。
イスルちゃ、って言いかけてた。つまりちゃん付けで呼び合う中なのだとしたら余計にだ。
「……まあ、実は依頼を受けててさ。
それを果たす前に散り散りになっちまって気にはしてたんだよな。イスル家の管理しているどこぞにでも行けば会えるかな」
「あー……。んー……。会えればいいんだけど」
「やっぱ貴人だから難しいか」
「いや、そこはあんまり関係ないかもなあ」
なんで? と聞きたいところだったが雰囲気的には口は重そうにも取れる反応だ。
けど、予想はできるよな。イスルをちゃん付けで呼べるような立場となれば対等かそれ以上。が、あんな川で流れていた彼女には事情がアリアリ。
スオウがそうした立場だと仮定すれば『会う資格に関しては関係ない』と言えるだろうが、彼女側の事情で姿を大っぴらにしたくないか、また別の事情か。
「それより、散り散りになったって」
「あー。そうなんだよ。強引な奴が連れてっちまった」
「強引な奴? 他に何か手掛かりになりそうなことは?」
「ハナから強引に捕らえるつもりだったっぽいな。
それと、脅し目的であっただろうけど普通に矢を放ってきた。
脅しにしちゃ普通にミスって殺しちまったって構わねえってくらい乱暴なやりかただったよ」
「……クソッ……。老頭衆のバカ配下どもか……」
吐き捨てるように。
老頭衆、か。
忌々しいと言いたげな発音から、オレがぶっ殺された状況を日常的に行っているような非道な連中なのか。
「今スオウが探しているのはイスル……ってわけじゃないんだよな?」
「ああ。けど、目的には含めないとならなくなった」
「できる限りは手伝うよ。
オレも彼女からの依頼を半端にしちまっている立場だ」
「いいのかよ」
「いいって。どうせオレだけじゃやれることも少ないしな。
こうしてスオウが話を進めてくれなけりゃ今頃、森の中で調味料切れで泣き喚いてくたばってただろうしな」
「ぷっ、あはは! そんなわけねえだろ」
吹き出しながら、それでも、
「それじゃ、期待しているぜ……ゼログ」
「おう」
彼女に期待されるのは悪い気がしなかった。
───────────────────────
そうしてイスル家の所領である都市に入る。
活気はそこそこ。
行商たちと別れ、都市の中で情報を集め、そうしてから次の旅の計画を練る。
ちょっとしたお茶ができる店。外に出された座席で軽食と茶をしばくオレとスオウ。
「今日は天気がいいな、見ろよゼログ」
指で示した先には大きな山。
「山だな」
「情緒がねえなあ。ほら、上の方。西砦が見えるぜ」
「西砦?」
「……ん?」
「……え?」
何かマズいこと言ったか?
「あー、もしかしてゼログ、お前西の人間か?」
「西の人間って」
そんな風な言い方をするということはつまり、東西が分かれていることに意味がある場所。
東西の緊張があるとなれば──
「ここって東方なのか」
「お前、自分がいる場所もわかってなかったのか」
「ははは、いやあ面目ない。でも流れ者なのは知ってたろ?」
「まさかあっち側から流れているとまでは思わなかったが、でもそのお陰でイスルちゃんとも繋がれたのかもな」
「あー、まあ、貴人だって知ってりゃもう少し丁寧に扱った……かなあ。どうだろうな」
「相手で変えるようなヤツでもねえか」
にっと満足げに笑うスオウ。
ちゃん付けを漏らしていることに気がついていない辺り、少しずつ緊張が解けているのか、信頼を得ているのか。こういうのがちょっと嬉しいよなあ。
「そんじゃ改めて教えてやるよ。あの山な。あれは西砦山っつって東西を分けてる境界線そのものさ。西側が何か動きを見せればイスル家がそれを止める。
そのための戦力がみっちりとあそこに詰まってんだ」
「ほー……。ってことは今も東西でドンパチは」
「いや、俺が知る限りは暫くは起こってない。西側はみんな忙しいだろ?」
「奪い合い奪い合い、からの奪い合いだもんな。とてもじゃねえけど一枚岩だっていう東方に喧嘩を売る余裕なんてないか」
「一枚岩っちゃあ一枚岩ではあるか……」
苦々しく。
「なんだ、違うのか?」
「今の東方の一枚岩ってのはあんましいい形ではないんだよな」
彼女が語るのは老頭衆についてだった。
簡単に言ってしまえば、本来東方を動かしていた貴族たちを操ろうとする佞臣たちが団結して我欲を満たしている集団。それらによる一枚岩が形成されている……そういうことらしい。
確かにいい形ではなさそうだな。
「イスル家も相当に
西方に破られることはないんだろうけどさ……」
「それはそれとして、毒は回ってるってことか」
「ま、そういうこった」
「そういや、あんまり都市には寄りたがらなさそうだったよな?」
「ああ。まあ、そうだな。もっと都会でもない限りは大丈夫だとは思うけど」
「なんだよ、何かやらかしたのか?」
「むしろやらかせなかったから、逃げ回ってんだろうな」
「……ふうん。例えば、何をやらかせなかったんだ?」
「好き勝手に生きようとするために、暴れたりしなかった、とかかな」
もしかして実はどこぞのご令嬢なのだろうか。イスルをちゃん付けで呼べるわけだし。
「結局は与えられた責務ってのが気になって、逃げても逃げても、追いつかれるような気がしてたんだろうけどな」
「でも、友達のために危険を顧みず都市に向かってるわけだろ。立派だよ、スオウは」
「だといいんだけど。けど、結局これで捕まっちまうようなことがあったらなあ」
誰かを恨む訳では無いが、自分の浅はかさで憤死するかも、なんて冗談めかしていう。
流石にせっかく知り合えた旅仲間にそんな死に様をさらされても困る。
「捕まっちまったとしてもさ、そんときはオレがその責務ってヤツごとスオウを盗み出してやるから、待ってりゃいい。そんで、今度は当てもなく楽しく旅をしようぜ。友達だとかも一緒にさ」
「そりゃあ……。うん、いいな。すごく」
「それじゃあ、約束だ」
「破るなよ?」
「わーってるって。そのかわり自分から捕まったりはするなよ?」
その言葉を聞いてから笑って返し、彼女は立ち上がる。
情報を集めるためにこの街で頼れそうな人間を当たってみると言う。
別行動ということで夜頃にまたこの席で合流しよう、とそういうことになった。
───────────────────────
同じ名前を持つ彼、ゼログと落ち合う時間と場所を決めて、それからのこと。
東方にはあまり戻りたくはありませんでした。
私──スオウが、スオウとしていられなくなるから。それを恐れて、私は東を避けるつもりでした。
ですが、
それでもなけなしの冷静さで、かつて私がこの地に縛られていた頃に頼りにできていた数少ない人物を頼りました。
「アマネ様……。お戻りに、なられてしまったのですね」
「ああ。……戻る気は、なかったんだけどよ」
「お嬢さ、いえ、次代様が刻んだ呪いはまだ作用はしておられるのですね」
「言葉の変性と、外見印象の変化。実態が変わらなくとも人が見る目は多少は変わる。一種の迷彩みたいなものだからってイスルちゃんが用意してくれたのは、ああ、役に立ったよ」
ええ。本当に。
そのおかげで私は賊たちに混じって行動もできました。地と血に縛られたアマネではなく、スオウという一人の無法者として生きる勇気を得られました。
「ただ、どこに目があるかもわからねえ。姿や印象を完全に変えるでもねえ以上は」
「ええ。危険がございます」
「その危険はアンタにも及ぶ、よな」
「私の身などどうでもよろしいのです。ですが御身に何かあれば」
「それこそ、俺の身も同じさ。で、イスルちゃんは。西に向かうときにも合流できなかったし、その後も幾つか伝を使って調べてもらっちゃいたんだが」
「
「そうか。そりゃあ」
ああ。それは。
「恐れずにもっと早くに戻ってくるべきだった」
周りを見ないばかりで、逃げてばかりで、失うばかりで。
「生きちゃいるんだろ。東方最大の貴族、イスル家の嫡子。簡単には殺せないはずだ」
「はい、それは勿論。ですが──」
恩人が何かを言おうとする前に、扉が勢いよく開け放たれました。
重武装の武者たち。
そして、奥からは聞き覚えのある声。
「よもや、籠の中にまた戻って来るとは。殊勝な心がけですな、アマネ様」
「……ガーナム、まだ生きてやがったのか」
「生憎、この東方で私を殺そうとするものも、それを実行できるものもいないのですよ。それだけの権勢の上に老頭衆と、その頂点たる私がいますのでね」
首を小さく動かすと武者たちが武器を向ける。
向けられた先は私ではなく、恩人。
殺されたくなければ、
「同行してくださいますね、アマネ様」
そういうことになった。
自分で捕まりにいったわけじゃないが、こんな展開になっちまって、ゼログは怒るだろうか。
──約束を果たしてくれるだろうか?
───────────────────────
よっす。
ふいに一人になるとやることが決められなくなって心の迷子になるオレだぜ。
ゼログを名乗っているオレは、急に暇になった。
これまであっさり死ぬのが連続していたからこそ、自由な時間の多い今回の命にまだ体も心も慣れていなかった。野で動物を追い、草花を食んでいたときとは違い都市での自由時間は薪拾いなどで追われたりすることがないからこそ、手持ち無沙汰になっていた。
ぶらぶらと歩く。
懐にはスオウが持ってきてくれた仕事で稼ぐことができた護衛による報酬で潤っている。
うーむ。実際どうしたもんかな。何か装備でも買い足すか。それとも酒やメシ、風呂もいいな。あれ、手持ち無沙汰とか思ってた割には案外ワクワクしてきたぞ。
スオウには感謝だな。
感謝。ううむ。感謝か……。
果たしてそれだけで済むのか。
時折、あの子は口調とは裏腹な寂しそうな表情を見せたり向けたりする。どうせ目的のない人生だ。この先の旅でその表情をどうにかして晴らしてみせたいもんだな。
「失礼、少しよろしいかな」
いつのまにか、周りには人が消えている。
眼前には身なりの良い老夫。
「あー、すまんがよろしくないんだ。このあとに約束があってね」
嫌な予感。こういう予感ってのは当たるんだ。
この
老頭衆。悪しき一枚岩。何をされるかはわからんが、ろくでもないことにしかならないだろう。
お誘いにはさっさとお断りさせていだいて、
「悪いが、拒否権はない」
「そうなるか──よッ!!」
他人様の拒否権を奪うのはとっても危険な行いだ。
拒否権を奪うことの拒否としてお出しされることなんて、大抵の場合は『
そうなる覚悟がなけりゃやっちゃだめだぜ。
抜き打ちで短剣を投げ放たんとするようなろくでもない賊上がりがいるからな。
だが、オレの手が短剣に触れると同時に、体に矢が突き立っていた。
察知が遅れた。いや、察知させないためにそういう技術持ちを用意していたのか。
「何を、しやがる」
「……アマネ様に支えなど不要」
「なに……?」
「ああ。本当の名を告げていないのだな」
ふん、と見下すように。
「お前と一緒にいた少女の本当の名だ。アマネ。彼女こそがこの東方全ての未来を握る存在。貴様のような」
がんと顎を蹴られ、倒れる。どうあれ、矢が突き立っていて今にも死にそうなオレにできる抵抗はない。
そのままこのジジイに足蹴にされたとしても。
「下賤が傍にいていい存在ではない」
「支えなど不要ってのは……、どういうことだ」
「我らにとって扱いやすい道具であるべきならば、人間的な感情を維持するものは不要、とそこまで言わねばわからぬか、下賤」
「……ああ。わからんね。まさか」
げほ、と血塊を吐き出した。
オレにできるのはあと一息、憎まれ口を叩くくらいのもんか。
「ガキ一人の心を躍起になって封じてでも我欲を得たい人間がいるなんて、わかるわけもねえやな。ハハハッ」
嗤う。それがオレができる最期の、ささやかな反撃。
「このヒンクシンを侮るか、偉大な老頭衆がヒンクシンをッ!!」
次の瞬間。顔を真っ赤にしたジジイがオレの頭を本気で踏み砕かんと足を浮かせようとして。
「靴を汚すことはあるまい、ヒンクシン
「ガーナム氏。……少し熱くなったか」
老頭衆のお仲間がまた一人。
恨み言を言う体力は既に尽きていたオレの意識は闇へと解けた。
約束をしたってのに、無様な終わりだ。
なんとかならないか。なあ、呪いじみた
───────────────────────
簡易マトメ
ゼログ
継暦141年_春にスオウと共に行動していた
思い出に縛られていたが、死の間際にスオウへの友誼と彼女への報恩を願う。
スオウ
賊を自称していた少女。
東方の出身。何故か川から流れてきた。
アルドハース
東方出身の武者。
ゼログに当てられてスオウと共に旅に出ることにした。
イスル
老頭衆に狙われていた少女。
スオウが旅立つための助力を行った。
老頭衆
暗躍する存在。
有力者らしいガーナム以外に老人、公家口調をはじめとした複数名が存在(在籍)している。
ガーナム
老頭衆の中での有力者。
ヒンクシン
老頭衆の一人。老人。
カルマス
イスル大近衛家に在籍している人間。
老頭衆側とも取れる発言をそれらから聞いているものの実態は不明。
少なくとも彼らに命は狙われていた。
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