血に濡れた約束は廃墟に眠る

まちにゃ

出会い

第1話 血塗られた家

【地下街・訓練場/マチルダ10歳・カルト20歳】


薄暗く湿った地下の部屋。

裸電球の下、冷たい石床の上に、ひとりの少女がちょこんと正座していた。


黒く長い髪を背中に垂らし、まだ幼い丸みを残す頬。

その表情には、年齢に不釣り合いな“静けさ”が宿っている。


「お兄ちゃん、今日は──なにをするの?」


小さな声。

まるで、今日の“遊び”を聞くかのような、穏やかな響きだった。


だが、それに返る声は冷たかった。


カルトは、部屋の隅に立ったまま、無表情でマチルダを見下ろしていた。

細い体。年齢より少し大人びた顔つき。

その目だけが、ぞっとするほど無感情だった。


「……今日は、痛みの訓練だよ」


「いたみ?」


「そう。お前は、“痛み”に弱すぎる。さっきの任務、声が出た」


マチルダは首をすくめるようにして、小さく下を向いた。


「……でも、がんばったよ? ちゃんと、……首も、切れた」


「甘い。あれじゃ音がした。気づかれてたらお前は死んでた」


マチルダの瞳が揺れる。

けれど、泣かない。泣き方をもう、忘れてしまっている。


カルトは腰を下ろし、革鞭を静かに手に取った。


「……いいか、マチルダ。“人形”になるまでが訓練だ」


マチルダは小さく、こくんと頷いた。


それが、彼女の“日常”だった。


何も感じないこと。

痛みに反応しないこと。

兄の言葉に従い、命令通りに動くこと。


それが、“生きる”ということだった。


「服を脱げ」


「……うん」


震えひとつなく、マチルダは上着を脱ぎ、背を向ける。


幼い肩甲骨が浮き出た背中は、すでに幾筋もの細い鞭痕を刻んでいた。


カルトの手が動く。


その瞬間──


「……カルト」


部屋の外から、誰かが名前を呼んだ。


カルトは動きを止め、舌打ちする。


「待ってろ。終わったら再開する」


マチルダはただ「うん」と頷いた。

まるで、鞭を“待ち望んでいる”かのような無邪気さだった。


静かに扉が閉まり、部屋に再び静寂が落ちた。


マチルダはひとり、上着を膝に抱えたまま、天井の電球をじっと見つめていた。


(いたみ……を、感じなきゃ……ほめてもらえる)


(わたしは──いいこ、なんだよ)


歪んだ価値観が、彼女の幼い心にしっかりと根を張っていた。


――そのほんの数日後、

マチルダは“地下街のゴロツキ”と呼ばれる男に出会う。


レヴィア。

彼との出会いが、マチルダの人生をゆっくりと、けれど確実に変えていく──

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