第10話 普通の笑顔

 朝の通学路を並んで歩くのは、俺と小鳥の二人だけだった。


 花音は生徒会の仕事で早めに登校。

 実月は昨夜遅くまで絵を描いていたらしく寝坊して、車で送られてくるらしい。

 こうして二人で登校するのは、本当に久しぶりだった。


 「なんだか、懐かしいね」

 「懐かしい?」

 「二人で登校するの」

 小鳥が少しはにかみながら笑った。


 「だって、小学校の頃はいつもこんな感じだったじゃん。実月は小さかったから車登校が多くて、花音お姉ちゃんには早足で置いてかれたり」

 「あー……そうだったな」


 思い返せば、あの頃は当たり前だった。小鳥と俺と、二人だけでの登校。

 けれど高校生になった今、二人だけで歩くのは妙に新鮮で、少しだけ気恥ずかしい。


 「ねえ拓海、私がモデルやってるの、やっぱり変かな」

 唐突にそう聞かれて、足が止まりそうになった。

 「どうした急に」

 「ううん、なんでもない。ただね、こうやって普通に歩いてるのが、一番好きだなって思っただけ」

 小鳥はそう言って笑った。



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 教室に入ると、いつものざわめき。


 小鳥は教室でも目立つ存在だ。男女を問わず声をかけられ、笑顔で返している。その自然さは彼女の魅力であり、俺から見ても羨ましいくらいだ。


 「また雑誌に出てたね」

 「可愛いって得だよね」

 廊下側の女子グループが、わざとらしく聞こえるように囁く。

 小鳥は気づいていないふりをして、笑顔を崩さない。けれど俺にはわかった。ほんの一瞬、視線が沈んだことを。


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 休み時間、俺は机に突っ伏していた。


 「拓海、寝るの早すぎ」

 小鳥が苦笑しながらノートを覗き込む。


 「夜更かしでもしてたの?」

 「勉強してただけだ」

 「……そっか。真面目なんだね」


 小鳥は少し目を細めた。その横顔を見て、さっきの女子グループの言葉を思い出す。

 人気者で、誰からも羨まれる存在。でも、本当にそうだろうか。


 昼休み、購買でパンを買って戻る途中、廊下の窓から小鳥を見かけた。

 友達数人に囲まれて、楽しそうに話している。けれど、笑顔の奥にほんの少し影がある気がした。


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 放課後。


 教室に戻ると、誰もいないはずの教室に小鳥が立っていた。机の上に一冊の雑誌を手にして。


 「それ……」

 声をかけると、小鳥は慌てて笑顔を作った。


 机の上に置かれていたのは、最新号のファッション誌。表紙には小鳥が写っている。けれど、その顔の部分が真っ黒にマジックで塗りつぶされていた。


 「……誰がやったんだよ、こんなの」

 思わず声が荒くなる。


 小鳥は首を振った。

 「いいの。気にしてないから」

 「でも――」

 「ほんとに平気だよ」


 そう言って笑った小鳥の手は、小さく震えていた。

 俺はその震えに気づきながらも、何も言えなかった。


 窓の外では夕焼けが沈んでいく。

小鳥と俺と、二人並んで帰宅する。夕日が俺たちの影を長く使っていた。

 赤く染まった光の中で、小鳥の笑顔はどこか危うく見えた。

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