第13話 ミツキと花


左手に持つ花からいい香りがしているはずだが、私には香ってこない。

この花はスイートピー スイートというぐらいなんだから舐めたりしたら甘いのだろうか。

それとも甘い香りがするのだろうか。

どうして私には言ってくれなかったんだろう。ミツキの大馬鹿やろう!


「ねぇねぇ 今週の金曜日、勤労感謝の作品の発表会あるでしょ?」

ヒカリは給食の時間に二人に話しかけた。

「そうだったの それがどうした」

「採点してもらってさ、誰が一番いいか勝負しようよ」

「望むところじゃの ま、ワシの器用さには誰も勝てまいって かっかっか」

「なんとー!そう言われたら燃えちゃうわね テラス!あんただけには絶対負けないから!」

「我の想像力には到底かなうまい。」

「いや、あんただいぶ変なセンスしてるじゃない」/「きっと二人はいい勝負じゃッて」

(解せぬ 失礼なやつらだ)

そんなこんなで私は丹精込めて作品を作ることにした。


「そういえばさ、ミツキのおじいちゃんおばあちゃんはどこに住んでるの?」

「じぃとばぁはこの町じゃよ」

「え!そうなの?私たちなんか青森と鹿児島よ?」

「よう巡り合ったのカケルとミナモは…」

「なんでも大学の時に母様が一目惚れして、それから結婚したそうよ」

「それは意外じゃ」

「私も大学に入れば素敵な人と出会えるかしら」

「知っとるかヒカリ、大学行くにはお金と勉強が必要なんじゃよ」

(また勉強か…この世界はなんでも金と勉強だ…)

「お前の場合、そのゴリパワーを封印しないと嫁の貰い手なんかおるかっての」

テラスの口が滑ったようだ。

「ふーん あんたのような陰湿な奴がお嫁さんなんか貰えるのかしら」

「陰湿…か 我は陰湿 そうに違いない」

そう言ってテラスは口を閉ざしてしまった。


そうして迎えた木曜日、今日は作品の仕上げの日だ。

いつもより気合を込めて、いってきます!と家を出た。まあバス停まで母様は一緒だが。

「えーと、皆さんにお知らせがあります。 ミツキちゃん 前に来てください。」

ミドリ先生の一言で、ミツキが立ち上がり前に立った。

ん、なんだろうお知らせって。何かいい事があったとか、それとも賞を取ったとか。

誕生日は一日違いだからお誕生日じゃないし、なんだろう。そう詮索する間にミツキの口が開かれた。

「えっと、ワシ いや私は、明日から北海道という所で暮らします。

北海道って言ってもみんなわからないか、冬にはどかーんと雪が降るとても寒い寒い都道府県じゃ」

ヒカリは勢いよく立ち上がった。

「えっそれってつまり、どういうことなの?ミツキ!」

ばたん と立った勢いで椅子が倒れ、教室内に音が響き渡った。

「ヒカリちゃん 皆さん ミツキちゃんは今日で最後の登園になって、明日からこの幼稚園には通いません」

「え、ミツキが、もう来ない? どういうこと?」

目の前が真っ暗になった。


「それでね、今日はみんなでミツキちゃんを送る会を開きます 給食を食べたら行いますので、

各自おトイレや手洗いなど済ませましょうね」


「まってミツキ!私何も聞いてない!」

教室内に私の声が反響した。そういうとミツキは横を見て私の視線から逃れた。

「あ、あれれ テラスには言っといたんだが、い、言うの忘れちゃったかの…」

「言われてない!聞いてない!明日の勝負はどうなるの?また来年もプール行こうねって約束したじゃない!」

机を叩いた姿を見て、先生が止めに入った。

「ひ、ヒカリちゃん みんなもいるからね!いったん落ち着いて、あとで二人でお話ししてはどうかな?」

「あんたとは話してない!私はミツキと話してるの!」

「ヒカリ 落ちつけ! すまない私が悪かった。 ミツキから言ってくれって言われて言い出せなかったんだ。どうしても」

テラスもヒカリを落ち着かせようと必死になだめた。

「私三度は言わない。私はミツキと話してるの 邪魔しないで」


そう言ってヒカリはミツキの元へ近づいた。

「ミツキの嘘つき!」

ヒカリはミツキの両腕を抑えて激しくゆすった。

ばしんっ! 教室に何か破裂したような音が響いた。

「いい加減にしろヒカリ! 一番つらいのはお前じゃない! ミツキのほうだ」

(テラスに、兄に初めて叩かれた)

叩かれた私が前を見て移った光景は、目の前の可愛くも美しい女性が、顔を歪めて涙を流している姿だった。

そう、私と同じように彼女も涙を流していた。


「み、みんなぁ 園庭の遊具で遊びましょうか 三人とも、落ち着いたらきてねぇ」

そういったミドリ先生は教室から園児を連れ出し、三人だけ残した。

そんなミドリの心中は

(な、なんなのあの子達、年少さんの貫禄じゃないわ)

と思っていた。


「ヒカリ ごめん ワシ」

「聞きたくない!」

だってそれを聞いたら私…きっと…

そう言ってヒカリは教室から走って立ち去ってしまった。

「おいヒカリ!」

これほどまで大きなテラスの声は聞いたことはなかったが、今のヒカリの耳には届かなかった。

「ミツキ…我のせいだ 本当にすまないことをした」

「テラス それは違う。ワシが直接言えなかったことを、お前に背負わせてしまったんじゃ。

辛い役目を与えてしまってすまんかったの」


そして昼食、いつも机をくっつけすぎだと思うほど机をくっつけて食べていた三人だったが、

今日は離れ小島のように孤立して給食を食べた。いや、三人とも食事がのどを通らなかった。


重々しい空気の中、ミドリ先生が音頭を取った。

「さて、皆さん お別れの会を始めましょう 先生がみんなに花を渡しますので、一人一人ミツキちゃんに花を渡して、

お別れの挨拶をしましょう」

そういって渡されたこの花が、スイートピーという花だった。


年少、3~4歳の園児たちがかけられる言葉は、バイバイとか、楽しかったねまた遊びたいねとか、

そんな言葉だった。

テラスが花を渡す番が来た。彼らはどんな会話をするんだろう。

お互い何かこそこそと話をして、花を渡して終わった。なんとも簡素だ。

いや、そんな風に簡単にお別れを言えるのがただただうらやましかった。


「最後はヒカリちゃん 前にきてください。」

そう言って歩き出した私は視界を保つのがやっとだった。

ミツキの目の前に立った。こいつ、最後まで可愛い顔しやがって、、、

「可愛い顔しやがって、なんでだよ、私よりかわいいじゃねぇか。 ムカつくんだよ!」

もう私の視界は溺れていた。

「いつも偉そうにうんちく語りやがって、頭の私の事をバカにしやがって」

見えなくてもわかる。今ミツキがどんな顔をしているか。

「いつまでもジジくせぇこと言ってんじゃねえよ 寒いんだよお前のおやじギャグ」

大きな眼、長いまつげ、高い鼻、整いすぎたその顔だが、

「でも、そんなミツキが私は大好き」

今は私より最高に不細工な顔をしているだろう。

ざまーみろ。

そう言ってミツキを抱きしめた。


わんわん泣いた、魔王軍幹部のなんだっけあいつ、ゲスタフだったっけ、

あいつから背中を刺されて死んだ仲間を弔った時よりも泣いた。


「ごめんね ごめんねヒカリ 言い出せなくて」

「ちがう 一番つらいのはミツキじゃない 私最低なことしちゃった ホントごめんね」

そうして5分ほど抱き合って泣いていた二人。

泣き止んだころ、園長先生にまで見られていた恥ずかしさに急に涙の波が引いた。


「ねえ、もう帰ってこれないの?」

「言ったろ?じぃもばぁもこの町にいるって。だからたまに帰るって」

「夏と冬は帰ってくるかしら?」

「ん~何かと旅費もかかるから、しばらくは帰ってこれないってパパとママに言われてしまった

そして冬はほぼ不可能じゃ、雪かきがあるからさぼったら大変なことになってしまう」

「そうかぁ、当分会えないのか、寂しいな」

「て、手紙書く ただし漢字も入れるから読めるようにしとけ」

そういわれて私は初めて勉強しようって気になった。

「わかった。 私も北海道に行ける機会があったら必ず連絡する!」

「ヒカリ~北海道っはでっかいどう どこにあるのかわかっておるのか?」

「それがね知っているのよ私、青森の上でしょ?」

「なんと驚いた!それなら一応住所も教えとくから、ちゃんと覚えておけ」

うん!と大きく首を縦に振った。


「テラス メールする」

「んっ」

「相変わらずぶっきらぼうじゃの この天使のようにかわいいミツキ様に会えなくてさみしいんじゃろ」

「うるさい 早くいけ」


そう言ってミツキは車に乗った。

「でも北海道って海の向こうよね?車で渡れるのかしら」

「さあな、空でも飛ぶんじゃないか?」

「全くお前さんたちはワシがいないとだめじゃの!フェリーでいけるんじゃよ!フェリーで!」

そういって車が発信した。

私たちは声がかれるほどさよならを叫んだ。半分ぐらいは届かなかっただろう。

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