ネクロフィリア男と電波少女

寒川春泥

七月一日

 物語冒頭から突然こんな話題を持ち出すのは自分でもいささか気味が悪いが、読者諸君は「ネクロフィリア」という単語をご存じだろうか。まあ知らなくても問題はないレベルの単語であるとオレ自身も感じているし、知っていたら知っていたで、そりゃあ常識だもんなと感じるレベルの単語である。それでももし、この文章を読んでいる人間の中にこの単語を知らないという人間がいるとするならば、オレはこう説明する。

「『ネクロフィリア』とは、『死体に勃起するクソ野郎』という意味である」と。

 現代日本に限らず、我々人間の社会では死体に対して欲情するヤツなんていうのは変態以外の何者でもなく、常に異常者として社会のアンダーグラウンドでコソコソと生きるしか道はないのだが、オレもその例にもれずこの歳(我々の住む社会でいうところの二十一歳)まで暗く静かな日陰の中で生きてきた。

 そう、オレはネクロフィリア野郎だった。

 オレはなぜ、死体なんかに欲情するのだろうか。その問いに、明確な答えなんてものはない。そこに悲しい過去や、驚愕の秘密なんてものはない。そんなものは物語の中にしか存在しない。そしてオレの住むセカイは物語の中ではない。故に本格ミステリ的隠された真相も、ラブコメ的ご都合主義も、SF的作りこまれた論理的設定も存在しない。それでもなお、オレは死体を愛していた。

 しかし、オレがいかに死体を愛していようとセカイはそれを許してはくれないわけで、オレはこれまでの人生で死体を物理的に愛することは、悲しいことにいまだできていなかった。

 つまりオレは、童貞だった。

 そんなオレにその夜、人生で一世一代の大チャンスが巡ってきた。オレは偶然、死体を見つけたのだ。


 その夜、正確には七月一日の午後十一時二十四分、オレは毎晩の日課である散歩の最中、これまた毎晩立ち寄るとある寂れた廃工場の中で、女子高生の縊死体を発見した。

 工場の中には、くすんだ窓から月光の明かりが差し込んでいた。

 死体は工場内の梁からぶら下がって、音もなくぶらぶらと揺れていた。顔は青黒く、苦悶の表情に歪み、華奢な首筋にはロープがみっちりと食い込み、ぶら下がった死体の真下には異臭を放つ黄色がかった液体が水たまりを作っていた。オレはそれを見て、激しく勃起した。

 死体はよく見ると、セーラー服を着ていた。オレはそのことに気がついた瞬間、自分がなぜこの死体を女子高生の死体だと認識したのか理解した。その制服は、県内でも有数の進学校のものだった。オレは再び激しく勃起した。

 先ほどオレは死体を愛している言ったが、死体であればなんでも欲情するわけではない。まず男の死体には嫌悪感以外の感情は抱かないし、たとえ女の死体であっても、ババアの死体には欲情しない。オレが愛するのは、少女の死体だけだった。これは、ネットに転がる様々なグロ画像を閲覧したうえで発見した、貴重なオレの性癖に関する情報だ。

 つまり、その夜オレが発見した死体は、オレのドタイプであった。その結果、オレはこれまでの人生で体験したことがないレベルの勃起、「アルティメット勃起」をした。

 オレの経験から考えるに、通常の勃起はその場から少し移動しながらまったく別のこと(素数やら、羊の数やら)を考えている間に自然に収まる。しかし、オレがこの夜人生で初めて経験した「アルティメット勃起」は、そんなことでは収まらなかった。スゴイ。

 そこでオレは、その場で急遽勃起を収めるため、自慰に耽ることにした。すぐさまベルトを外し、チャックを開け、いきり立つ我が愚息を解放する。そしてオレは素早く手淫を始めた。

 と、ここで読者諸君の中には、疑問を抱く者も少なからずいるのではないだろうか。ネクロフィリア野郎が超絶ドタイプの死体を発見し、勃起した。そこでなぜを手淫始めねばならないのだろうかと。幸い場所は深夜の寂れた廃工場、誰か人がやってくる心配も低い。そんな状況下で、なぜこいつは少女の死体にチンポをぶち込まないのかと。

 この疑問にネクロフィリア野郎ことこのオレが答えて進ぜよう。

 それはオレが、紳士だからである。

 オレは紳士だ。紳士は死体を偶々見つけたからといって、その死体に突然チンポをぶち込んだりなんかはしない。絶対に。それにオレは一人の紳士として死体を愛している。愛している存在に、オレはそんな乱暴なことはしないのだ。絶対に。

紳士であるオレは、徐々に右手の動かす速度を上げていく。徐々に、徐々に。シュッ、シュシュッ、シュシュシュッ。


 その瞬間、オレの背後で奇妙な音が鳴った。

 カシャ。

 オレのその後の人生を大きく左右する、あの忌々しい音が。


 音が鳴った瞬間、オレの右手は我が愚息を握りしめたまま静止した。そのまま全身も硬直する。脳も、一切の仕事を放棄した。

 それからの数秒間、オレには記憶がない。

 次に存在する記憶は、オレの身体がゆっくりと音のした方に振り向いている場面だ。ゆっくりと、ゆっくりと。そして完全に振り向ききったオレは、そこに奇妙なものを見つけた。

 そこには、えらく美しい少女が一人、カメラを手にポツンと立っていた。

 数秒間、無言で見つめ合うチンポ丸出しの成人男性と美少女。そしてもう一度、

カシャ。

 この状況で少女は、再びシャッターを切った。


 ?

 ?

 ?

 !

 え、これ、ヤバくない?


 少女が突然、口を開く。

「あなた」

 あなた?

「あなた」

「……はい?」

「あなた、なんで今、シコってたの?」

「え?」

「『え?』じゃなくて、だから、なんで今、死体見ながらシコってたの?」

「あ、えっと、え、あ、興奮、したから?」

「なんで疑問形?」

「え、あ、あ、こ、興奮、したから、です」

「死体で?」

「あ、はい」

「変態」

「え?」

「いや、『え?』じゃなくて、死体を見て興奮して、その場で死体見ながらシコってるの、変態じゃん」

「え、あ、あ、い、いや、へ、変態って、え、」

「ちゃんと喋って」

「あ、あぇ、ちゃ、ちゃんとって」

「喋り方、キモすぎ」

「は?」

「あなた、絶対童貞でしょ」

「え?」

「だから、『え?』じゃなくて、あなた童貞でしょ?って聞いてんの。違う?」

「あ」

「ねぇ、絶対そうでしょ。普段女の子と喋ることが皆無で、今慌てているんでしょ?」

「は?な、なに、なに言って」

「あなたは童貞で、死体を見て欲情しちゃう変態で、そしてその死体を見てシコっちゃう、クソ野郎何でしょ?」

「な、なに、言ってるんすか?」

「あなた、わたしと契約しましょう」

「はぁ?」

「今日から六日後。つまり、日本時間で言うところの七月七日の午後十時、このセカイは終わる」

「え、だ、な」

「夜空に瞬く無数の星たちがこの地球に降りそそぎ、セカイは終わる」

「……はぁ」

「この運命は、変えられない。はずだった」

「……」

「でも」

「……」

「運命は、変えることができる。わたしが死ねば」

「え?」

「七月七日の午後十時、わたしは、自ら命を絶つ」

「命、絶つって」

「そうすれば、セカイは救われる」

「なにを」

「だから、契約」

「契約?」

「そう、契約」

「……」

「わたしは六日後に死ぬ。そうしたら、わたしの死体を、あなたにあげる」

「……」

「あなたは、わたしの死体をどのように使ったって構わない。レイプしようが、なにしようが、構わない」

「……」

「その代わりとして、あなたはわたしが死ぬまでの間、わたしの奴隷になって」

「……」

「奴隷として、わたしと共に、このセカイを救う手助けをして」

「……」

「セカイを」

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