第3話

 昼休みを迎え、今度こそ朱里にメッセージを送ろうと思った矢先、上司から追加の案件を任されることになった。


 どうしてこのタイミングなんだよ、と心の中で舌打ちをしながら、表面上では愛想笑いを浮かべる。


 よく考えると、大人になるにつれて愛想笑いが上手くなったような気がする。


 それまでは、気に食わないことがあるとすぐに喧嘩をふっかけては怪我をしていた。そして、その度に朱里が泣きそうな顔で手当をしてくれるのだ。


 そんな顔をさせたいわけではなかったが、当時の悠真はどうすればいいのか分からずそっぽを向くばかりだった。


 朱里のことを思い出していたら俄然、声が聞きたくなって困った。


 だけど、まともな休憩を取ることもままならず、午後の仕事が始まる。


 窓の外を見ると雨足は強くなる一方で、大きな雨粒が会社の窓ガラスを叩いている。風も強くなっているようで、獣の唸り声のような音がエアコンの駆動音の隙間から聞こえてくる。


 ――今日は帰れないかもしれないな。


 そんなことを考えながら、パソコンに向き直る。


 仕事は定時の五時を迎えても終わらなかった。本当であれば、今日こそ早く帰りたいところだったが、上司も残って仕事をしている手前、自分だけ帰るのは気が引けた。


 そうして仕事していると気がつけば外は真っ暗だった。街はこの嵐で静まり返っており、人々は足早に帰路を急ぐ。


 時間を見るとちょうど二十三時を示していた。周りには数人の同期と気安く話せる上司だけが残っていた。


「よう、仕事終わったか?」


 声をかけてきたのは三本目のエナジードリンクを飲み干したばかりの上司だった。悠真はヘラっと愛想笑いを浮かべて小さく頷く。


「そっか、そっか。それなら何よりだ。全く、リモートワークもいいけど、会社に残される身にもなってほしいよな」


 空になった缶を机に置かれた空き缶にぶつけ、カーンっと音を立てる。なにがおかしいのか上司はクマの濃い瞳でそれをみて笑っていた。


「そんな後輩くんに、残念なお知らせだ」


 上司はおもむろにスマートフォンを取り出して画面を見せつけてきた。


 そこには豪雨と突風の影響で電車が止まっているというお知らせが載っていた。



 ――やっぱり。今日は帰れそうにないな。



 家に帰れなくなるのは別に初めてではない。だけど、その時ちょうど、朝から会うことも話こともできていない幼なじみを思い出す。


 こういう疲れた日には彼女に会いたかった。


「全く、こんなに頑張ったのに神様もひどいよなぁ……あー、休憩室になんか食えるもんあったかな」


 そう言うと上司はフラフラと立ち上がって会社の休憩室に消えていく。


 二人の会話を聞いていた数人の同期もどうやって帰るか算段をつけるためにスマートフォンを触っていた。


 その様子を横目に、悠真も自分のスマートフォンの電源をつけようとする。


 しかし、ボタンを触っても、機体を傾けても、スマートフォンはうんともすんともいわなかった。



 ――最悪だ。こんな日に充電切れになるなんて……。それに俺、今日は充電器持ってきてないぞ。



 これでは親に迎えを頼むことも、朱里にメッセージを送ることもできない。


 とんだ災難だ、と思いながら、スマートフォンをカバンの中に投げ入れた。



 ――今日は諦めて、ここで朝を迎えるしかないか。



 上司が消えていった休憩室に目を向ける。残っていた同期の三人のうち二人は帰る算段がついたのか、「お疲れ、また明日な」と言って帰っていく。



 その後ろ姿を羨ましい気持ちで送り出しながら、悠真は今夜の過ごし方を頭の中で考える。

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