第9話 王都

 歩いて王都まで20日近くかけて到着した。王都は流石にリガノとは比べ物にならない。高い城壁を三重に備え、都自体もかなりの広さを誇っていた。ナオミを見つけるなら、それなりの情報網に触れる必要がある。そのひとつが冒険者ギルドなんだが……。


「こんにちは。君、賢者なんだって?」


 そのデカい男は、俺がギルドへ立ち寄ってすぐに声を掛けてきた。王都に住む権利を得るために、ギルドでギルドカードを提示しなくちゃならない。そのギルドカードを提示してしばらくすると、コイツがやってきたわけだ。


「おうよ。ま、賢者っつっても、鑑定とかいうのが使えないらしいんだがな」

「使えない? あはは。どういう冗談?」


 気さくに話しかけてくる男。柔和な顔立ちの男ではあった。…………が、何かうさんくさい。そう直感していた。


「本気で言ってんだよ。だから困ってる」

「『鑑定』って言ってみてよ」


「なんだって?」

「『鑑定』だよ。それで鑑定の力が発動する」


「『鑑定』?」

「そう。じゃあ、その子が『処女』かどうかわかるかい?」


 男は、ギルドの受付嬢を指差して言う。指を差された受付嬢も、目を伏せて唇を噛んでいた。


 ――なんだコイツ? 頭おかしいのか?


 鑑定の力を言ってるんじゃない。公共の場で女に向かって処女かどうかだと? そんなことを口にする異常さに呆れた。ただ、おかしなのに目をつけられないよう、平静を装って返す。


「鑑定ってのはそんなことまでわかるのか?」

「いいや。普通はわからないね」


「普通は?」

「居たんだよ、昔。そういうことまでわかる、神々の鑑定を持った賢者がね」


「今は居ないのか」

「そう。今は居ない。――ま、君は本当に鑑定が使えないようだし、僕はもう行くよ」


 ――ああ、行け行け。


 そう思いながら頭の中で追い払った。


「悪りぃな、頭のおかしなのに絡まれちまって」


 俺はギルドの受付嬢にそう謝った。


「いえ……あの…………クラウト様は良いお方ですよ」

「なんだ? あいつ、知ってんのか?……ってことは冒険者か」


「はい、ここでは冒険者であり、王都では第一王子として知られております」

「王子…………」


 何か嫌な感じがした。王子が気に入らないのもあったが…………


「……すまん、君、名前は?」

「ソニアと申しますが……」


「ソニア、ここの冒険者でアカネっていう赤い髪の女は居ないか?」

「アカネさんでしたら、少し前に王都へ戻られてるはずですよ」


「よくここへ来るのか?」

「はい、朝……かなり早い時間ですが、毎朝見えられます」


「そうか。ありがとう」


 ソニアに礼を言って、俺はギルドを後にした。下宿先を探さなくちゃならないからな。



 ◇◇◇◇◇



 すぐ傍に宿場街があり、迷うことはなかった。俺は大通りから外れた宿へと立ち寄り、下宿の話をつける。部屋は汚くてもいい。もうエルメリは居ないからな。俺は5階の狭い部屋をあてがわれた。王都は意外と高層建築が多く、加えて上階ほど安い部屋だった。


 俺は長旅の疲れを癒すために、エルメリに倣って湯とたらいのサービスを頼んだ。


「お客さん、王都は初めてだね?」


 宿の親父に返された。


「まあな」

「フフ、わかった。いや、別に馬鹿にしているわけじゃない。こっちへ来な」


 ニヤニヤと含み笑いを隠さない親父。ただ、悪い気はしなかった。これはどちらかというと何か楽しい悪戯を考えている顔だ。


「――こっちは男用で向こうは女用だから間違ってもそこの廊下より奥へは行くなよ? それだけ守れば自由に使ってくれ」

「自由って何をだ?」


 親父の言葉は、何となくこの世界では期待できなかったものを思い起こさせた。

 そして連れていかれた場所。


「使う場合はここで服を脱いでくれ。物盗りだけは自分で気を付けてくれよ。裸になったらこっちへ入って――」

「おいおいおい、これってまさか!」


 そこには狭くて簡単な仕切りがあるだけの個室が並んでいたが――


「どうだ! 散湯口シャワーってやつだ! これを捻ると上から湯が出る。石鹸や手拭なんかは自分で持ち込んでくれ」

「こいつぁ驚いた。こんなもんがあるなんて…………」


「気に入ったか? 王都じゃ珍しくもねえ」

「タダなのかこれ?」


「うちはちゃんと税金を納めてるからな。安心しな」

「ああ……ああ! 早速使わせてもらうよ」


 俺はすぐ脱衣場で裸になってシャワーを浴びた。湯の温度は変えられないが、最高の気分だった。しかも親父が言うには湯につかりたいなら大浴場というものもあるらしい。そっちは金をとられるが、銭湯があるだけで十分だ。やはり、日本人は風呂だ。






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