【炎鎖の輪舞】-黒鉄の方程式-
なりちかてる
黒き夜(Nigra Nokto)
第Ⅰ話 暁の決意
あたしたちは、エレド王国を離れる前、石切り場と砦のみんなから呼ばれている丘へと、向かった。
そこは、石舞台——台地の中心に板状の巨石が組み合わさった、古墳のような場所だった。
ここは、遠くからでも目立つ場所で、あたしをはじめとする、アリアンフロッドの戦士たち、みんなも目印としているようだった。
街道からも、石切り場は比較的近いので、エレド王国に住んでいる者ならば大抵、知っている場所でもある。
近くに、泉もあるので、休憩場所としても、申し分ない。
もしかしたら、アルフィリン帝国の侵攻を逃れたアリアンフロッドの戦士たちがいるかもしれない——と、期待を込めていたのだが、そこには、誰もいなかった。
行き違いになっただけで、ひとりかふたり——いや、もっと、生き伸びた者はいる可能性は残されている。
その者たちとは、いずれ、どこかで出会うかもしれない。
石切り場のそばに立ち、あたしはもう一度、はじまりの森を眺めた。
——森は今でも、炎上していた。
煙が立ちのぼり、一部の場所は既に木々が燃え尽き、炭化して倒れた木の幹を晒している。
エッセアルダの大樹は、森の中心で聳えていたが、それもまた、切り倒されてしまうのだろうか。
エレド王国の象徴なので、アルフィリン帝国がそのままにはしないと思うが——今、哀しい気分で見上げることになるなど、想像もしていなかった。
ぴぃたんとでるるは無言になり、あたしの衣服の胸元やポケットなどに隠れてしまった。
この石舞台にも、そのうち、アルフィリン帝国の兵士どもはやって来てしまうのだろう。
返り討ちにしてもいいが、それよりも今のあたしには、すべきことがある。
——今、ここにいるのは、復讐のためならばどんなことでもする獣だ。血を吸い、肉を喰らい、骨を噛み砕く獣。
あたしは、ゆっくりと息を吐き出すと、エッセアルダに背を向けて、歩き出していった。
そして、あたしたちははじまりの森を離れ、国境へと向かった。
エレド王国を離れるなど、数えるほどしかない。
隣のエレドラウロス地方や島の中心にあるシグナール地方、または南西のアグリオン王国などに出没した、強大なフィフス級やファイブ級の
いや——正確には、ひとりではないのだけど。
フェアリーのぴぃたんとでるるは、しばらくの間、黙っていたのだけど、はじまりの森から離れると、また陽気にどうでもいいことを喋りはじめ、決して退屈させてくれなかった。
話し続けることで、ふたりは森での出来事を忘れようとしているのかもしれない。
他のフェアリーたちは、どうなってしまったのだろう……。
思ったが、あたしは何となく、聞けなかった。
ふたりはエルカに命じられて、あたしと同行することになったらしい。
——ということは、エルカは既にこうなることを見越していたのだろうか。
彼女ならば、リースヴェルトを出し抜いて、ひとりだけでも、逃げ出すことが出来たのではないか。
わざと自分が囮になって、あたしを逃がすことにしたのか——。
今回のことはまだ、わからないことだらけだ。
『ここまで、だな』
グリーザが告げた。
「グリーザ……」
『そんな顔をするな……といっても、無理か。感情というものがあり以上、それに左右されるのが、人間というものらしい。わしも、ユスティナから学ばせてもらった』
あたしは溜まらず、グリーザに抱きついた。
でるるとぴぃたんも、グリーザの頭の上や耳などに、しがみついている。
『わしという存在は、この体を離れれば、すべて消える。アザールの黒狼の意識野へと飲み込まれ、個性は消失するからだ。だから、これが今生の別れとなる』
「ええ……わかっているわ。わかっているけど……」
それ以上は、言葉にならなかった。
ただ、ぎゅっと、彼を抱きしめた。
この時の記憶を忘れないように——魂に刻むように、しっかりと体を触れさせた。
しばらく、そうしてから、あたしは立ち上がった。
頬を流れる涙を拭く。
『しっかりと立て、アシェイラ! あの男——リースヴェルトに復讐を果たすのだろう』
「ええ、そうよ。グリーザ。絶対に果たすわ。流された血は必ず、あの男に償わせる」
『よし、それでいい。わしという存在は消え去るが、意志はおまえのなかに残り続け、見守ることだろう』
あたしはこくん、と頷いた。
背中を向け、歩きはじめる。
振り返れば、まだグリーザはじっと動かずに、あたしの背中を見つめているのかもしれない。
が——これは、あたしなりのけじめだ。
振り返りたくなる誘惑を断ちきり、唇を噛みしめて、あたしはまっすぐ、歩き続けていった。
これから、あたしが向かうのは、イスファの島とグラーツ島を飛び越えて、さらに東のシオール大陸だった。
イスファの島は、エレド王国をはじめ、全土がアルフィリン帝国によって蹂躙されてしまうのは、目に見えている。
シオール大陸には、アルフィリン帝国と並ぶ大国も存在しており、そちらの協力を得るしかないだろう。
そのため、あたしたちは港のあるベルネストの町へ向かうことにした。
★ ○ ●
街道を歩いていたあたしは、顔をあげた。
東の空が、明るみかけていることに、気づいた。
それまで、全天を覆っていた夜空の星々の輝きが薄れ、山の稜線がくっきりと線で区切られていく。
地平線近くを、薄い銀色の帯状のものが見えている。
——あれは、リングだ。
こちらの世界では、土星のようなリングがあり、明け方や深夜など、特殊な条件つきだが、見えることがある。
遠くの黒々とした山々を背景に、銀色の帯状のラインが象っているのは、絶景だった。
こちらの世界へ召喚されたばかりの頃は、地球では見られない風景に、ずいぶんと魅せられたものだった。
今、こうして砦を追い出されて眺める風景は、それでも、脚を止めてしまうぐらい、綺麗だった。
それにしても——。
ここから、ベルネストの町まで、徒歩で向かうとなると、気の遠くなるような時間を必要とする。
さらに、いくつもの山や峡谷、大河などを超えないとならない、となると、移動手段は改めて考えなければならないだろう。
——はじまりの森から離れて、四カラ(約四時間)が経過していた。
あたしが宿っているこの肉体は、ドールと呼ばれるもので、人間の限界を越える酷使にも耐えられるように作られているが、魂はそろそろ、眠りを欲している。
横になれるような場所を探さないとならないだろう。
街道は、丘陵の低いところを、這うようにして、続いていた。
右手は木々が寄せ合う林が続き、左手は段丘が広がっている。
ところどころで池があり、岩が剥きだしとなった場所もあった。
街道は、距離標があったり、街道名を記した粗末な木の看板があったり、オレオクル神の祠があったりしていた。
オレオクルは、旅人たちの保護者だ。
信徒たちは、神像に癒しの魔力を
祠の周囲は
次に四阿を見つけたら、そこで横になろう。
……などと考えていると、前方から争うような音が聞こえてきた。
今はトラブルは出来る限り、避けて先に進んだほうがいいのだろう。
いや——でも……。
あたしは脚を早めると、音が聞こえたほうへと急いだ。
街道から少し、道を逸れて、斜面をあがる。
丘陵の上から、見下ろしてみる。
小川が連なる丘の間を縫うようにして、蛇行している。
街道と小川が接するあたりには、橋がかけられていた。
橋といっても、丸太を削って、人が歩いて渡れるようにしたものだった。
その橋の側で、馬車が横倒しになり、さらに、騎馬の兵が襲いかかっているようだった。
盗賊から逃げようとして、橋の手前で横転したのか、あるいは無理矢理、川を乗り越えようとしたのか——。
どっちにしろ、略奪者が襲撃をしかけているのは、変わりない。
あたしは、唇を引き結ぶと、丘の斜面を下っていった。
略奪者と隊商隊の間に、割って入ろうとした。
隊商隊の護衛は、劣勢だった。
五、六人ほどが、馬車を背後にして、固まって抵抗をしている。
取り囲もうとしている兵士たちは、板金鎧に揃いの剣、マントを羽織っている。
数人は、馬に騎乗しているようだ。
馬——といっても、四つ脚の騎乗用のあの馬ではない。
この時代は、脚馬と呼ばれる騎乗用の獣が広く、利用されていた。
脚馬はその名の通り、二本の丈夫な脚を持ち、全身が羽毛に覆われ、長い首と角を持つ、蛇のような頭部を持つ獣だった。
こちらの世界では、この獣が馬として広く、利用されているようだ。
あたしも数えるほどだが、何度か乗ったことはある。
鞍と手綱、鐙があれば、それなりに御することは出来る。
あの脚馬があれば、いくらか旅は楽になるだろう。
トラブルに自分から首を突っ込むことはしたくはないが、この程度のリスクならば犯す価値があるだろう。
それに——隊商隊を攻撃しているのは、アルフィリン帝国の兵士たちとあれば、見逃すことは出来ない。
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