B#7「ひとりになった日」

 落ち込んでいるボクを見て、お父さんはいつものセリフでまた励まそうとした。


『治療薬がもうすぐ日本でも使えるようになるから、その日のためにも勉強しよう。じゃないと、外に出たとき、苦労しちゃうぞぉ』って。

 膝の上に座らせたボクのおなかをくすぐって、ちゃかそうとするんだ。


 だけど、そうやって言われてから、ボク、何年信じて待ったと思う?


 三年だよ、三年!


 ……ボクはずっと、お父さんのその期待に応えるつもりで絶望につぶされそうでも、どうにか頑張ってきた。

 だけど、もう限界。信じられなかった。


 ボクは泣きながら、お父さんに怒りをぶつけた。

『本当はお父さんだって、ボクなんか、ここで一生暮らしてればいいって、そう思ってるんだろ!』


 そしたらお父さん、悲しい顔で笑って、ボクに言ったんだ。

『そんなことあるもんか。俺は、おまえの夢が叶う日を誰よりも待ち望んでるんだ』って。

 それから大きな手のひらでボクを撫でて、抱きしめてくれた。


 少年は、半べそを掻きながら言った。


 でも、ボクは……うっ、どうしても、どうしても──。


「すなおになれなかったんだな」

 言葉尻を引き取って、陽一が同情を寄せる。


 ──う、うん。

 ボクはバカだったから、お父さんに謝ることもできなかった。

 悔しいよ……。

 あの夜も、仕事で遅くなってるだけだと思ってたんだ。


 だけど、お母さんが夜遅く、お酒のにおいをプンプンさせて、ボクの寝てるところによろよろとやってきた。

『今日ね、お父さん、車にはねられて死んじゃった』って、半分笑いながらボクに言ったんだ。


 そんなの本気で受け取れるわけない。

 どうせ、お酒に酔って、変な夢でも見たんだろうと思って、ボクは適当にうなずいて、その話を聞き流した。


 仕事で遅くなってるだけだ。

 お父さんが下から階段を駆け上がってくるのを、ボクは一晩中、戸のそばでじっと耳を澄ませて、待ち続けた。


 でも、二日経っても三日経ってもお父さんは、顔を見せなかった。

 屋根裏で完全にひとりぼっちになってから、ボクは初めて、お母さんの話は本当だったんだって思い知らされた。


 一緒に悲しんでくれる人もいなくて、手のなかに残ったのは、お母さんからもらったお父さんの形見だけ。

 ボクは、その金色の鍵を握りしめながら、布団にくるまって声が涸れるまで泣いたんだ。


 部屋の加湿器は、赤いランプを点滅させて、しきりに薬用水をほしがってた。

 だけど、冷蔵庫にあった予備の薬用水はぜんぶボクが飲み干しちゃったんだ。

 もう一滴たりとも残ってなかった。


 希望が底をついたと思うと、ボクは体がだるくて、その日をさかいに起き上がることもできなくなった。


 この体に染み渡ってる薬用水もじきに消えてなくなるってわかってたから。ウイルスに体の自由をうばわれて、死ぬのを待つだけだった。


「ひどすぎるだろ」

 心身共に衰弱していく子どもを屋根裏にそのまま放置するなんて。母のしたことが到底理解しがたく、陽一は腹立たしげにつぶやいた。

「お母さんは、どうして助けなかったんだろう」

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