八重さんはご立腹

 13日、水曜日。昼前の麗らかな陽気の中、健太郎は八重を乗せ、スーパーに向かって車を走らせていた。


「…………」


「…………」


 あれからずっと八重は健太郎に対し、ツンとした態度を取っている。


 なぜなのか。健太郎は考えていた。何をそんなに怒るのかと。兄弟子という云わば兄のような存在が親がいないところで自分の友達とキスをしようとしていたことが嫌だったのか。あるいは香織から何か言われていたのか。それともその両方か。


 そんなにも嫌か? 


 健太郎はもし八重だったら……と、考える。


 ――――うん、なんか嫌だな。


 やはり少なくとも見たくはないなという結論に至った。


 開けずに扉の前から声を掛ければ良かったのでは? とはもうこの際言うまい。全面的に自分が悪いと考え、駐車場に車を停めたタイミングでなんとか許してもらえないか声を掛けてみる。


「あのさ、昨日はごめん」


 それに対し、八重はまたかと呆れたように溜息をつく。


「もういいよ、謝らなくて。別に健太郎が誰と付き合ったって私には関係ないんだから」


 昨日から何度謝られたところで八重のモヤモヤは晴れなかった。それどころか余計モヤモヤしてイライラしてくる。


 抱き合う2人を見た時、彼女の胸は締め付けられた。この感情はなんなのか。家族愛なのか。異性愛なのか。そもそも自分は健太郎のことをどう思っているのだろうか。幼い時からずっと一緒に居過ぎて解らない。そもそも恋愛感情とはどういったものなのか。彼女には理解できなかった。


 両親を失ったあの日から自分の中の何かが壊れてしまったのかもしれない。彼女にはその壊れたものがなんなのかも解らない。解らないから直しようもないし、直し方も解らない。


 とりあえず今は直す必要のないものだと判断していたのだが、昨日から憂鬱な思いが続く。健太郎の顔を見たくない訳ではないし、一緒に居たくない訳でもないのだが、なぜか口を開くと棘のある言葉が出てしまう。そんな状態であった。


「そんなことないだろ。俺たち、兄妹みたいなもんだろ?」


 口から家族であるという言葉が出ものの、健太郎も八重と同じようにこの感情がなのか、結論が出た訳ではない。


「……血の繋がりなんてないじゃん」


 嬉しかった。兄妹だ。家族だと彼の口から改めて言われ、胸の辺りが温かくなる。しかし、彼女の口から出たのはまたしても棘であった。


「そんなこと言うなよ。血の繋がりなんてかんけーねーよ。家族は互いに家族であろうとしない限り、簡単に崩壊するってなんかで見たけど、俺はその通りだと思う。……でも、八重はやっぱり、俺たちのこと家族だとは思ってないのか?」


「…………」


 そんなことない!! 即座に否定したかった。しかし、その言葉を口にできない。唇を縫い付けられ、声を奪われてしまったかのように八重は沈黙を貫いてしまう。


「……まあ、やっぱりそうだよな。八重にとって家族はおじさんとおばさんだけだもんな。————悪かったな。ヘンなこと言って……」


「そんなことないよ……」


「え?」


 先程と言っていることが真逆であった為、思わず聞き返してしまう。


「はぁ……。だから、そんなことないって言ったの!! もう止めよ、この話。とにかく、あずちゃんと付き合うにしろなんにしろ、大切にしてよね。私の大切な友達なんだから」


「ああ、解ってるよ」


 それだけ答え、2人は車を降りる。そして昼食と夕飯の材料を買う為、スーパーの中へと入って行った。

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