デートで必要なのは足の速さ
3月10日、日曜日。午前11時20分。暑すぎず寒すぎず、涼しく過ごしやすい陽気の中、健太郎は身なりを整え、壁内の中心部にあり、人々の待ち合わせスポット、『
この『雷牛』というのはその名の通り、牛の銅像のことであり、香織が特別自由市民になったことを祝って、県から送られた物である。
人と会うことを意識してか、健太郎は一目で異性と会うんだろうなと判断される格好をしていた。
襟のない紺色のシャツに黒のテーパードパンツ。カジュアルな色合いの茶色いワークシューズといった具合だ。
ダサいと思われないかと内心ビビりながらも『デートしよ?』とメッセージを送りつけてきた相手を待つ。
「あのー、突然すみません……」
「はい?」
声を掛けて来たのは20代前半らしき美人な女性2人組であった。手にはスマホが握られている。
マズイな……。
健太郎はなんとなく彼女らの目的が想像できた。
「藤村ー健太郎さんですよね!?」
「あ、はい……」
「あー良かったー。あの、私たち、健太郎さんのファンなんです!!」
「そうなんですか。ありがとうございます」
はにかんではみたものの、知り合いに見つかる前に内心早くこの場から逃げ出してしまいたい。
「キャーッ!!」
2人は黄色い歓声を上げる。
周囲の人たちが何事かとこちらを注目し始めた。
マズイ、マズイ……!!
早くこの場を収めなければ……。そんなことを考えていると、黒髪ボブの1人がこんなことを言い出し始める。
「あの……もし良かったら、写真とかいいですか?」
写真!?
んなもん駄目に決まってんだろと思いつつも丁寧に。あくまで自分は藤村の人間なんだと己に言い聞かせた。
「大変申し訳ありません。写真はお断りしておりまして……」
健太郎は会釈程度ではあったが、迷わず頭を下げる。
「えー……。まーそうですよねー」
残念がる2人ではあったが、この程度では簡単には引き下がらない。
「それじゃあ、握手だけでもして頂けませんか?」
今度は栗毛ロングの女性が提案してくる。
「まあ、それぐらいなら……」
「ありがとうございます!! ……わーすごーい!! ゴツゴツしてるー!!」
「キャー!! ホントだ―!! ありがとうございますー!!」
「…………」
周りの男性陣の視線が痛いな……。
キャアキャアと騒ぐ女性らを前に悠然と口角を上げつつも内心では焦り散らかしていた。
早くこの場を逃げ出さなければ……!!
そんな時である。彼女の声が聞こえたのは。
「けん、くぅうううううううううーんッ!!」
適当なことを言ってこの場から離れようとしたところ、目の前から美声を発しながらもせっかく整えた髪が振り乱れることなどお構いなしに走ってくる待ち人が目に入る。——梓だ。
「お待たせぇええええええええええええええーッ!!」
ドリフトを決めて停止。
「ハァ……。ハァ……。ウェッ――」
走り慣れていないにも関わらず全力疾走したせいで消化中の物を口から戻しそうになる。
「だ、大丈夫————」
上を向いてせり上がってきた物を飲み込んだ梓は健太郎の言葉を遮り、素早くこの場を掌握した。
「お待たせ―けんくん。ごめんねー待たせっちゃって。それで―この方たちはお知り合い?」
肩で息をしながら鼻息は荒く、そして笑顔の少女というのは中々に不気味なものだ。女性2人もその迫力に圧倒され、解りやすくドン引いていた。
「ああ、いや。俺のファンらしくて……」
「ああ、そうなんですかー。いつも応援ありがとうございますー。これからも応援よろしくお願い致しますー。それじゃあ私たち、これから『デ-ト』、なので。これで失礼致します」
デート部分をわざと強調し、そう言い終えると彼女は健太郎の手を引き、2人を置いてズンズンと反対側へと突き進んで行った。
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