刀神様を倒せ!!

 3月5日、火曜日。八重は香織からの休みの提案を断り、今日も壁の外へと足を運ぶ。


「ゴキゲンな蝶になって〜」


 古いアニソンをノリノリで歌うのは健太郎の父、『道化師』、『和人かずと』。旧姓、『牛永うしなが』である。母の代わりに今日は和人が保護者兼運転手となり、健太郎と八重は後部座席に並んで座っていた。


 テンションたけぇー。


 うるせぇなぁと思いつつ、チラリと右隣に目を向ける。


 八重は昨日と出で立ちを大きく変えていた。髪は耳の下あたりで緩く2つに縛り、服は上下共に黒く、口元が隠れるほど襟の高い運動性能に優れたジャケットを着ている。手にも黒いグローブを嵌め、どこか心ここにあらずといったような雰囲気を漂わせていた。


「ん? 何? どうかした?」


 視線に気付いた八重が声を掛けてくる。


「いや。大丈夫かなーと思って」


 素直に心配していることを伝えた。その真っ直ぐな答えに彼女は目元を綻ばせる。


「そっか、ありがと。でも、もう大丈夫だよ」


 心配しないで。そう言いつつも、やはり昨日の今日だ。とても切り替えられたようにも落としどころを見つけられたようにも見えない。


「―—着いたぞッ! お二人さんっ!!」


 八重に何か声を掛けるべきかとも思った和人であったが、やはり昨日あの場に居なかった自分が何か言うべきではないと思い、口を閉じた。


「へぇー。ここかぁ……」


 かつて大きな神社があったのであろう。朽ちた朱色の鳥居が3人を出迎える。


「この敷地内のどっかに『刀神様』がいるんだよ」


「そうなんですか」


 刀神様ねぇ……。


 健太郎は今朝聞いた話を思い出す。壁の北門から出て直進すると、その神社は見えてくる。その境内で刀を振るう、滅法強い堕ち人がいるのだそうだ。


 始まりは刀を扱う堕ち人がこの神社跡地に現れ、足を踏み入れた者を情け容赦なく斬り殺していたそうだ。当然、人を集めて駆除されたもののいつの間にかまた新たな堕ち人が住み着いて刀を振るい始めた為、いつしかその薄気味悪さから誰も近づかなくなっていた。


「母さんもここで刀を手に入れたんだぞ」


 香織は黒揚羽と黒曜の他に特別自由市民になる為、国に献上した『白揚羽しろあげは』と名付けた刀があり、この三振りの刀は刀神様を倒して手に入れた代物なのだそうだ。


 刀を生み出す能力があるってことか?。


 なんだその能力。とは思ったものの、献上品にも成り得る質のいい刀が手に入るのであれば行くしかない。国が欲しがる何かいい物はないかと探していたところでもある。ちょうどいいと今日の目的地がこうして決まったのであった。


「じゃあ、行ってくるわ」


 2人に別れを告げ、八重の心配を余所に健太郎は音もなく消える。




 さてと、どこにいるのかなと……。


 地面は砂利が一面に敷かれており、歩けば音で相手に位置がバレてしまう。できれば奇襲をかけたい健太郎は粘土の足場や木々に貼り付き、倍以上の時間を掛けてまずは中心部へと移動する。


「…………」


 空気が変わった……?


 突然流れた乾いた空気。その微妙な変化を感じ取り、右手から粘土を伸ばし、地面を自分の支配下に置く。そして静かに地中へと潜った。


 目を出し、様子を伺いつつ地中を歩く。すると、拝殿の前で座り込み、賽銭箱に寄り掛かる灰色髪のミイラを見つけた。


 あれが刀神様か……?


 使い古され、捨てられるのを待つだけの軟らかさの欠片もないタオルのような髪質でその長さは腰まで届く。さらに水気のない皮膚が骨にべったりと張り付き、肌の色も土色で、見るからに体調が悪そうだ。目も大きく奥へ、奥へと入り込んでおり、その黒い窪みのせいで視線がまるで読めない。着ている服は異形化する前に着ていた物か、Tシャツとカーゴパンツにサンダルといったカジュアルなもので、とても刀の神と称されるには相応しくない恰好をしている。


 まあ確かに、いい刀持ってんなぁ……。


 あれは欲しいと健太郎は目を輝かせた。


 遠目からでもよく見える純白の刀。柄も鞘も白く、雲の細工が施された丸い鍔が取り付けられている。


 どう見たってこんな所にあっていい刀じゃねえだろ。


 刀神との戦闘は避けられそうにない中、どうやって刀を手に入れるか。

健太郎は策を巡らせ、その準備に取り掛かった。

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