魂喰い九尾の異世界無双 ~神様に転生させられた俺は絶対最強種でした~
桃神かぐら
第1話 転生と初捕食
耳を裂くようなブレーキ音が、世界ごと俺を引き裂いた。
視界が白に跳ね、浮遊感だか墜落だか分からない感覚のまま、思考だけが妙に冷静になる。
(あ、終わったな。俺の高校生活も、積みっぱなしの積みゲーも、冷蔵庫のプリンも)
そこでぷつりと、音が切れた。
暗い。けれど怖くはない。暗闇は海みたいで、俺はただぷかぷか浮いている。時間感覚もない。あるのは——声だけ。
『少年よ。よく響く魂だ。味も、よさそうだ』
「いきなり食レポやめてくれない?」
『冗談だ。私は神。数多の神のうちのひと柱にすぎぬ。名は……そうだな、名は風のように変わる。呼びやすいように“転生担当”とでも呼べ』
「はい転生担当。で、俺は死んだんだよな?」
『うむ。だが魂は壊れていない。折角だから、新しい器に入れてみようと思ってな』
「“折角だから”で人の人生決めないで?」
『気まぐれは神格の特権だ。安心せよ、悪いようにはせん……多分な』
「“多分”って言ったぞ今!」
抗議を言い切る前に、暗闇が金に溶ける。ぬるい光に抱かれ、俺は流されるまま、どこかへ落ちて——
目を開けた。
湿った土の匂い。木漏れ日。鳥の囀り。風に擦れる葉音。
そして——俺の視界の端を、金がゆらりと横切った。
反射的に振り返る。九本。尾が九本、扇のように開いて風を撫でる。毛並みは淡く発光し、蔵出しの蜂蜜みたいな濃い金に、白磁の面(おもて)が映える。
「え、九尾? 俺、九尾なの?」
泉に映る俺は、絵巻物から出てきたみたいな白面金色神狐——九尾だった。
耳はぴんと立ち、瞳は琥珀。体毛は一本一本が光を帯びて、細かく波打つたびにきらめく。動かしてみると、尾は意のまま。九本、全部。感度は指より良い。
「……やべぇ、カッコいい。……ていうか腹減った」
正直、感動より先に胃袋が現実を叩いた。ぐう、と潔い音。
同時に、鼻腔の奥がむずむずする。匂いが、来る。
焼いた肉の残り香のような、湿った苔の息のような、鉄と土と汗を混ぜたような——いや違う。これは、食べ物の匂いじゃない。もっと深い。もっと根っこ。たぶん、魂と魔力の匂いだ。
面白くて鼻をひくひくさせていると、茂みの向こうからガサガサと複数の気配。
緑色の肌、針金みたいな筋肉に粗末な布。尖った耳と、手には曲がった棍棒。ゴブリンだ。三……いや、五。後方の陰にもう一体。
(強さ……薄い。出汁を取り尽くした鍋みたい。属性は泥臭い土寄りに、ちょびっと腐臭……)
匂う。分かる。強さも属性も、味も。
先頭の一匹がギギギと歯を鳴らし、棍棒を振り上げて突っ込んでくる。
反射で口が動いた。
「インスタントラーメンの残り汁を五日放置した匂い。クッサ!」
びくっとゴブリンが止まる。その一瞬が面白くて、俺は笑って、一歩。
地面を蹴る。体が軽い。風より速い。棍棒の影が伸びるより先に、俺の尾がふわりと回り込み——
——パクッ。
音を立てて飲んだわけじゃないのに、喉を通る感覚がはっきりあった。尾に絡んだ青白い光が、舌の上でほどけて、胃の奥に落ちる。
味が広がる。不意に思考がグルメ番組になる。
「……うっわ、不味っ! 酸化した油、ねずみ色のコク、湿ったダンボールの後味! 星ゼロっ!」
独り言が森に響く。残りのゴブリンたちが、恐怖と“何言ってんだこいつ”の混合表情になる。
逃げる。背を向け、散り散りに。
「逃げると余計に美味しくない匂いになるんだよなぁ……汗の塩気、緊張の鉄分……」
尾が九本、蛇のように伸びる。一本で足を払って転ばせ、一本で腰を絡め、一本で喉のあたりに添える。
そして——小さく、一口。
生者からの魂は、全部は奪わない限り死なない。味見だけ。
体が崩れない程度に、ちゅ、と吸って、舌の上で転がす。
「うーん、薄い。湯で三回使い回した昆布みたい。……でも魔力は取れるから、まあ、栄養ドリンクってことで」
足をじたばたさせるゴブリンの瞳から、光が逃げていく。しばし放心に落ち、やがて野生に戻る。
弱い匂いは風に散る。逃げる奴もいる。追いすぎない。腹はまだ、余裕がある。
……と、脳裏にふっと文字が浮かんだ。視界の端に、ゲームのUIみたいなやつ。
――――――――――
種族:白面金色神狐九尾(絶対最強種)
称号:転生者/神々の注視(※本人自覚なし)
スキル:【魂吸収】【魔力変換】【自動再生】【嗅覚拡張】
魔法適性:全属性(過適合)
レベル:未表示(上限計測不能)
――――――――――
「“本人自覚なし”って何のツッコミだよ」
思わず画面に突っ込む。けど、どこを押しても説明は出ない。
まあいい。分かってることは一つ。食えば強くなる。
鼻先に、別の匂い。脂の甘みと、焦げ目の香ばしさ。
狼だ。群れ。七。いや、八。風下から二、上手から六。
俺は木々の影に紛れ、地を這う影へとするりと体を落とした。
影渡り。やり方は知らないのに、知っている。体が覚えている。たぶんさっき食べた魂の記憶が、俺の中に繋がった。
(影の温度、湿度、流れ……うん、行ける)
狼の背後にぬるっと出て、尾で一匹の首根っこを掬う。
振り返る牙の白。唾液の鉄臭。躍動する筋肉。
喉元に小さく狐火。青い火がぽっと灯り、毛先を炙る。
「お、香りが立ってきた。下味は十分。じゃ、いただきます」
——パクッ。
焼いた肉汁の甘み、獣脂のコク、野の草の香り。さっきのゴブリンに比べれば、天と地ほど違う。
「おおっ、これは……炭火で表面焼いてから低温でじっくり火入れした感じ! ジューシーで旨味が逃げてない! 星三つ!」
隣の狼がびくっと後ずさる。群れのリーダー格が吠え、囲みに入ろうとする。
俺は尾を広げ、青い狐火を九つ点した。
炎は熱いのに、怖くない。手で掴める温度に抑え込める。いや手じゃない、尾か。どうでもいい。
「じゃあ焼肉パーティーっすね」
青火が輪になって狼たちを囲う。跳びかかった個体の前脚に炎が絡み、空中で進路をそらす。
そのまま首筋へ一口。もう一口。
生きているから、全部は食べない。弱らせたら逃してやる。……いや、逃げた先で別の捕食者の餌になるのは自然の流れだし、俺の知ったことじゃないが。
美味い個体だけは、尾の奥にちょっと保存。九尾の内側は、魂が乾かず香りを保てる小さな倉。熟成させたらもっと旨くなるかもしれない。
「はい、今日はここまでね。残りは森の循環に任せる、と」
狐火を消すと、狼の匂いは深い森へ散っていった。
腹も心も、ちょっと満たされた。風が旨い。木陰が涼しい。眠気がふわっと来る。
——が、眠っている場合ではなかった。
視界の先、森の奥から、重たい匂いがぶわっと押し寄せる。
(……鉄。血。焦げ。灰汁。胡椒みたいな刺激。デカい)
オーガだ。脚音が地面を震わせる。樹木の間から、背丈ほどの棍棒を担いだ巨体が顔を出す。
目が合った。オーガの鼻孔が膨らみ、よだれが糸を引く。
向こうも、腹が減っているらしい。いいね、シンプルで。
「ごめん今日のメインは俺だわ」
間合いに入る。巨棍が横薙ぎに唸り、空気ごと押し潰してくる。
俺は一歩踏み込み、足元に幻影を置く。俺がそこにいるように見せて、実際は影へ。
棍棒は幻を薙ぎ払い、空を切る。
オーガの脇腹に回り込んで、尾の一本で肋骨を撫でる。軽く。肉を割らない程度に。
そこへ狐火をほんの少し。
炙りの香り。脂が溶け出して、空気がうまい。
「おおお、これは期待できる。肉質が締まってる。熟成向き」
オーガが怒って振り返る。巨腕が伸び、俺の首を掴みにくる。
掴まれる前に影へ潜ろうとしたら、足元の根っこにひっかかって転びかけた。
(やべ)
と思った瞬間、頭上の枯れ枝がぱきんと折れて、絶妙なタイミングでオーガの目に刺さった。
オーガが目を押さえて唸る。俺はころんと転がり、そのままオーガの喉元へ影渡りでにゅるっと出る。
「……今の、俺の実力じゃないよな? まあいいや、ラッキー」
喉元に小さく牙を立て、一口。
これで死にはしない。けど、力は抜ける。膝が折れ、巨体が片膝をついた。
「うん、噛みごたえ最高。スパイスに胡椒強め、後味に骨髄の甘み。星三点五。熟成後に再評価」
保存決定。尾の奥、いちばん香りが逃げないところにオーガの魂の核をちょいとしまう。
暴れられても困るから、封印の糸でやんわりと縛る。尾の一本が勝手に結び目を作ってくれて便利だ。……いや便利って言い方、なんか生活感が出るな。
オーガが呻きながら立ち上がる。目の枝を引き抜き、血を撒き散らし、鬼の形相でこちらに突進。
俺はため息をついた。
美味いから残しておきたいのに、諦めが悪いと味が落ちるんだよな。焦りの匂いは苦味になる。
「じゃ、ここで締めよう」
尾を九本、扇のように開く。
それぞれの先に青白い火の珠が灯る。
九つの火が円を描いて回転し、風が鳴る。
オーガの棍棒が俺の頭上を薙ぐ瞬間、九つの火が一斉に喉元へ吸い込まれ——
——静かに、光が消えた。
倒れる巨体をかわしながら、俺はそっと息を吐く。
地面が震え、葉が舞う。
オーガの胸から、白く濃い魂の煙が立ち上る。
保存してある核と繋げて、香りを確認してから、ゆっくりと、二口、三口。全部は食べない。これは熟成コース。贅沢は明日以降の楽しみに取っておく。
「ふー……満足。今日のメインは星四。明日には星五いけるな多分」
体の芯に火が灯る感覚。筋肉の繊維一本一本が太くなり、視界の解像度が上がる。
熱い。けど苦しくない。むしろ気持ちいい。
スキル欄が勝手に更新される。
――――――――――
新規取得:【剛力】【震脚】【耐毒】【高温耐性】
魔法新規適用:【火】【影】【幻】の熟練度上昇
特殊効果:豊穣の加護(※摂取効率上昇/本人自覚なし)
――――――――――
「“加護”ってなんのことだよ。……いや、強くなるならなんでもいいけど」
そんな風に呟いた直後、森の奥で「ぎゃっ」という間抜けな悲鳴。
何事かと顔を上げると、木と木の間に罠のロープ。さっきの戦闘で動いたオーガの棍棒がうまく引っかかって、ぶら下がっていたイノシシがくるくる回っていた。
回転の勢いでロープが切れ、イノシシが俺の方へ飛ぶ——寸前、折れた枝が偶然突き刺さって進路が変わり、横にそれる。
「……運、よすぎない?」
まあ、いい。お裾分けを一口。
野趣のある脂が旨い。魂は薄いからそのまま野に返す。
風が変わった。斜陽。橙色の光が森の床に縞模様を作る。
腹も、心も、ほどよく満ちた。
俺は倒木の上に跳び乗り、尻尾を丸めて、空を見上げた。
葉の隙間から、空は深く青い。薄い雲が西へ流れている。
「死んだのに、こんなに腹が減って、生きてる感じがするのも不思議だな」
独り言は風に混じって消えた。
瞼が重い。眠気は、獲物を腹に入れた捕食者にだけ許される平和な特権だ。
尾をふかふかの布団にして、俺はうとうとと落ちていく。
——そのとき、耳元でふっと、あの声。
『起きているか、少年』
「……転生担当? 寝かせてほしいんだけど」
『短く済ませよう。よく食べ、よく学び、よく強くなれ。それから——』
間を置いて、神は淡々と告げた。
『白面金色神狐九尾に、“上限”は存在しない』
風が止まった気がした。鳥の声も遠のく。
けれど心は、波立たない。不思議と、すとんと落ちた。
「……そっか。じゃあ、食えば食うほど、ずっと先まで行けるわけだ」
『そうだ。だが、それをどう使うかはお前の気まぐれだ。人を救おうが、見捨てようが、森を焼こうが、花を愛でようが——神々は深くは介入せぬ』
「神様って意外と無責任だな」
『風は責任を取らない。流れるだけだ。……ああ、それと』
「まだあるの?」
『人間の姿にもなれる力を、いずれ与えよう。街で団子を食べたいときなどに便利だろう』
「今すぐください」
『熟成という概念を覚えよ。美味は急がぬほどよい』
「魂の話で熟成を教えるのやめろって」
くつくつと笑う気配が風に混じり、声は消えた。
神は中立。けれど、どこか人懐こい。たぶん暇なんだろう。神界の会議より、俺を眺めてる方が楽しいに違いない。
遠く、森の外から、濃い匂いがする。
鉄のような器具の匂い。人の汗。油と革の香り。
冒険者。武装した人間の匂いだ。少し離れている。今夜は来ない。明日には、来る。
「……まあ、会ったら会ったで。美味い飯屋のひとつも教えてくれるだろ」
目を閉じる。尾がふわりと体を包む。
寝息の合間に、腹の虫が小さく鳴いた。
「……結論。腹、減った」
金の尾が夜風に揺れ、森の匂いが星空の下で混じり合う。
こうして、白面金色神狐九尾の——魂喰いの旅は始まった。
世界はまだ、それを知らない。
けれどその匂いは、もう風に乗っていた。次の獲物の、次の街の、次の運命の方角へ。
*
夜半、ふと目が覚めた。
何の気なしに尾を一本、空へ掲げると、星明りを飲んだ狐火がぽっと灯った。
火は熱を持たず、ただ淡く、静かに夜を照らす。
火の向こう、木の根元に、昼間ちょっと齧って保存した魂の光。オーガの核。
香りを確かめる。さっきより、角が取れて丸い。ほんのり甘い。
我慢。まだ。もっと——
「熟すの、待つのって、案外楽しいな」
言って、苦笑する。
元いた世界じゃ、何でもコンビニで即席だった。
ここでは、魂も味も、風も火も、少し待つほど旨くなる。
神が言った“熟成”って、たぶんそういうことなんだろう。
木々の隙間から、流れ星。
光は短く、けれど強い。
眠気がまた戻ってくる。俺は尾の中で丸くなって、目を閉じた。
明日は、どんな匂いに出会えるだろう。
どんな味が、喉を通るだろう。
どんな声が、森へ響くだろう。
——考えるより先に、眠りが来た。
森は静かで、そして豊かだった。俺のために。俺の腹のために。
いい世界だ。いい夜だ。
腹が減るほど、いい。
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