第20話 占いの館ルナテミス
今日は私は、王都の繁華街にある占いの館「ルナテミス」に顔を出していた。
ここ最近はずっとフレデリカ様と魔術特訓をしたり、フレデリカ様の助手として魔物討伐作戦に参加したり、セルゲイの研究に付き合ったりして忙しくしていた。
ハートネット家での生活も慣れてきたため、「そろそろマダムに一度顔を見せに行きたいな」と考えてマダム・アンタレスに連絡を取ったところ、「ちょうど、ルナテミスのブースに空きが出るわよ」と教えてもらえたのだ。
今日は気晴らしも兼ねて、久々に「占い師ステラ」として出演させてもらえることになった。
いつもの遊牧民っぽい雰囲気の黒っぽいドレスワンピースを着て、大ぶりのアクセサリーを身につけて、黒いレースのヴェールをかぶれば、占い師のステラ先生の完成だ!
やっぱりこの衣装に身を包むと、シャキッと気合いが入る。
私は久々の占いのお仕事に胸をときめかせて、自分のブースに入った。
本日一人目のお客様が、ブース出入り口のカーテンを揺らして顔を覗かせた──お忍び衣装をまとった美しいご婦人だ。今日はいつもより晴れやかな表情をされている。
「良かった! 今日はいらしてたのね!」
「ラウラ様、ご無沙汰しております! とてもお元気そうですね、何かいい事がありましたか?」
「ええ、実は……」
ラウラ様は私の向かいの席に座ると、頬を染めて少し恥じらいながら語ってくださった。
ラウラ様は、この店に来られる時には身分を隠されているけれど、実はとある伯爵の夫人だ。
伯爵家に嫁いだもののなかなか子供に恵まれず、また夫の伯爵に愛人の影がチラつき、涙ながらにルナテミスに駆け込まれたのが始まりだった。
「ここ最近、体調が優れない日が続いていたから、主治医に確認してみたの。そしたら『ご懐妊です』って言われたのよ! お義父様とお義母様に報告したら、非常に喜ばれて、盛大にお祝いしてくださったの!」
ラウラ様は、ひとしきりころころと可愛らしく笑われた。そして、一瞬で真顔になられた。小声で話される。
「ステラ先生のアドバイス通り、夫とは冷静にビジネス相手にでもなったつもりで交渉したわ。私と彼の状況を客観的に見直して、私の方が本当は有利な立場にあるって分かったから、交渉も簡単だったわ。夫も、実は彼の方が捨てられてもおかしくない立場なんだってやっと理解したみたいで、急に縋り付いてきたわよ」
「ふふふっ。やりましたね! 形勢逆転ですね!」
私は、今までずっと相談に乗っていたラウラ様の話に嬉しくなって、声をあげた。
「お義父様とお義母様も味方につけたし、夫もだいぶ反省したみたいだから、しばらくは様子見するつもりよ」
貴族の婚姻には、家同士の結びつきが絡んでくる。いくら相手が浮気をして不満があるからといって、簡単に離婚することはできない。
ラウラ様も冷静に判断されて、今はご主人が本当に改心されるかどうか様子見をされるみたいだった。
「それにしても、夫の愛人があのシエンナ・ダルトンだったなんて……夫としては、相手が既婚者だから後腐れなくて都合がいいと思っていたみたいだけど、さすがに趣味が悪すぎるわ」
ラウラ様は心底呆れたように語られた。
私はいきなり元義母の名前が出てきて、すんでのところで叫びそうになったのを飲み込んだ。
「…………そ、そうなのですね。どのような方なんですか?」
私は全く素知らぬふりをして、尋ねてみた。
元義母が外で不倫をしていたというのも初耳だったし、社交界でどのように見られているのかも気になった。
「調べさせたら、シエンナ・ダルトンにはうちの夫以外にもお相手が何人もいるみたいなのよ。彼らから上手くお金やプレゼントを巻き上げてるみたいね。中には犯罪組織と繋がりがある人もいて、ちょっと危ないのよね……」
元義母のシエンナは、確かにダルトン子爵家のお金を使い込んで贅沢をしていた。でもそれだけじゃ飽き足らず、家の外にもパトロンを作っていたみたい……
しかも、愛人の中には犯罪者もいるって──何やってるのかしら、あの人……
私はあまりにも呆れすぎて、ラウラ様のお話に相槌も打てないでいた。
「シエンナ・ダルトンに何人もお相手がいると知ったら、夫はかなり怒っていたわ。自分だけだと思い込んでたみたいね。それに、お金目的の関係だって理解したみたいだし、犯罪者と繋がりがあると知って、『もうシエンナとは縁を切る』って宣言してくれたわ」
ラウラ様は「とりあえずは一安心ね」と、ほっと息をつかれていた。
一方で私の心の中では嵐が吹き荒れていた。元義母がダルトン家だけでなく、他の家にも迷惑をかけていたなんて!
その後はなんとか自分の気持ちを落ち着けてカードを引いて、今後のアドバイスをした。
ラウラ様には笑顔で帰っていただいた。
「……ふぅ……」
気分転換のために出演したつもりだったけど、とんでもないスキャンダルを掴んじゃったわ。
……まぁ、今さら知ったとしても、追い出された家のことは今の私には関係ないし、どうしようもないわよね……
逆に、あの時追い出されておいて良かったかも、と本気で思えてきたわ……
***
それからは、常連さんや新規のお客様を何人か鑑定した。
そろそろ閉店時間かしらと考え始めた頃、セルゲイが私のブースに入って来た。
今日は私服姿じゃなくて、あの軍服風の黒い制服姿だった。仕事後に寄ってくれたみたい。
「あら? セルゲイ?」
「今日はこっちなのだな」
「ブースに空きがあったから、久しぶりに出ようかと思って。せっかくだし、何か占ってく?」
「ああ、頼む」
セルゲイはいつもの「何でも勝手に占ってくれ」といった雰囲気じゃなくて、何か聞きたそうでどう切り出したらいいかと迷っているような、どこかそわそわした雰囲気をしていた。
「何か聞きたいことがあるんじゃないの?」
「!?」
セルゲイが目を丸くして、私の方を見つめてきた。やっぱり、図星だったみたい。
「ああ、シュウのことなんだが……」
セルゲイはそこまで言って、少し言い淀んだ。でも、真っ直ぐに私の方を見つ直して続きを話し始めた。
「俺とシュウは、うちの屋敷の地下室で出会ったんだ。そこは倉庫として使われていて、シュウは、うちの地下室に封印されていた黒の本からいつの間にか派生して、棲みついていたんだ」
「まぁ! そうだったのね!」
妖精は人間が愛用した品物から、精霊は至る所から派生するとは言われているけれど、いきなり自分の家の地下室に生まれて棲みついてたらびっくりするわよね!
「当時の俺は、魔術にのめり込んでいた時期だったんだ。俺も呪い魔術に適性はあるが、魔術であれば何でも知ろうとし、とにかく試してみる俺を家族は危険視して、呪い魔術だけは誰も教えてくれなかった……まぁ、今となっては、そうするのも分からなくもないが……」
「うん、まぁ、そうでしょうね。呪い魔術なんて、特に危険性が高いわけだし」
さすがに私も呆れて言葉を返した。
フレデリカ様は、幼い頃のセルゲイに結構手を焼かれてたのかもしれないわね。
「当時の俺は、呪い魔術を教えてもらえないなら、自分で学べばいいと考えた。だから、家中にある魔術書や記録なんかを片っ端から漁って調べまくっていた……その時に出会ったのが、シュウなんだ」
「へぇ、そうだったのね」
セルゲイって、魔術に対してはすごくアグレッシブなのね。フレデリカ様も以前「オルティス家の中でも天才の部類」っておっしゃってたぐらいだし。
「だから俺はシュウと契約をした。呪い魔術に興味があったからな」
「へ?」
私はサアッと音を立てて血の気が引いていくのが感じられた。
シュウと契約するってことは──呪いの精霊と契約するってことは、何かしら代償を支払うってことよね?
私だって「代償を払うなら、呪い魔術を教える」って誘われたし……
「えっと、聞いてもいいのかしら? もしかして、それなりの代償を要求されてたりとかは……?」
見た感じ、セルゲイは五体満足そうだし、何かを代償に奪われている感じはしない。まだ代償を支払っていないという可能性もあるけれど……
「特に秘密にはしてないから、聞いても構わない。俺は呪い魔術をシュウに教えてもらう対価として、シュウを呪い魔術として消費する契約を結んだんだ」
「えっ……?」
何それ?
「ちょ、ちょっと待って! それって、セルゲイがシュウを呪い魔術に変えて、誰かを呪うってことよね!? そんなことして、シュウは大丈夫なの!?」
「大丈夫なワケがない。呪い魔術になれば、シュウは術の原動力となって消えるだろう。だが、呪いの精霊から言わせれば、『それが本望』らしい」
セルゲイは珍しく腑に落ちないといった感じで、イライラと投げやりに言い放った。
でも、それもそうよね。魔術の先生として、友人として慕っている相手を魔術に変えて消さなきゃいけないなんて!
「それに呪い魔術は何も、誰かを呪うだけの魔術ではない。呪い返しも呪い魔術の範疇だし、条件次第では解呪も含まれる」
「そ、そうよね……」
セルゲイの追加説明に、私は少しだけ胸を撫で下ろした。
セルゲイが誰かの不幸を望んで呪うだなんて、私には考えられなかった。
「黒の本を研究している理由は、前回研究室で答えたものがメインだが、俺はシュウと交わしたこの契約自体もどうにかしたいと考えている……あの頃は代償くらいどうってことないと軽く考えていたが、シュウと長い時間を過ごすうちに、彼を消したくないと願うようになったんだ……契約しておいて身勝手なのは重々承知だが……」
「セルゲイ……」
セルゲイは、テーブルの上で拳をきつく握り締め、悲痛な表情で俯いていた。
出会った当初は、シュウが大事な
でも、一緒に過ごす時間が長くなればなるほど、情だって自然と湧いてくる──まだ子供だったセルゲイには、分からなかったのかもね……
何気なくペラリと一枚めくったカードは、『太陽』のカードだった。
全体的に明るい黄色の色合いで、カードの真ん中では、二人の子供たちがダンスをするように仲良く手を繋いでいる絵柄だ。
普段であれば、喜ばしいこととして捉えることが多いカードだけど……
──呪い魔術になって消えることがシュウの悲願なら、私たちは彼の願うように送り出さなきゃいけないの?
私はそんな残酷なことは今のセルゲイには伝えられなくて、そっとカードを元の束に戻した。
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