偽イタコと宝物のありか
katonobo
序章 北へ流れる
カチコチに固まった体がぎこちないまま、美咲は高速バスから降りた。
まだ夜も明けきらぬ青森駅のバスターミナルは薄暗く、降り立った乗客たちの白い息だけが、そこに人がいることを示していた。
寒いとは思っていたが、まさかここまでとは。
つい半日前までいた新宿の湿った夜気に比べ、北国の朝の空気は刃物のように鋭く肌を刺す。薄手のシャツ一枚に安物のジャケットでは、あまりに無防備だった。衝動的な逃亡だったので、そこまで頭が回らなかったのだ。
***
--歌手になる。そんな夢を抱いて、故郷の岐阜から上京してきたのはもう何年も前のこと。
通い始めた専門学校は、才能ある同級生たちを前にして、あっさりと心が折れた。
学費を稼ぐに始めたスナックとキャバクラの仕事は性に合った。持ち前の愛嬌で人気も出たが、目標を失った若者に東京は毒でしかない。次第に美咲の金銭感覚は麻痺していった。
気づけば多額の借金を背負い、脅迫まがいの連絡に怯える毎日。
……限界だった。
彼女の生来の楽観主義と、すぐに諦めてしまう悪癖が、最後の決断をさせた。
そうして美咲は全てを放り出し、スマホで検索して見つけた一番安い青森行きの深夜バスに飛び乗ったのだった。
***
「さてと……。これから、どうしよう?」
人気のない待合室の硬いベンチに腰を下ろし、ぽつりと呟く。しかし、その表情に悲壮感はない。すぐにけろりとした顔で、自分に言い聞かせた。
「ま、私なら何とかなるっしょ!」
彼女の先天的な破天荒さと根拠のない自信は、ある種の才能だった。
そんな中、何気なく壁に貼られた観光ポスターやお知らせを眺めていると、その隅に、手書きの小さな求人広告が貼られているのが目に入った。
『伝統文化体験アシスタント募集! 日給一万円(日払い可)。住み込み。経験・年齢不問。簡単な接客です』
住み込み。日払い。経験不問。今の美咲にとって、それは天からの啓示のように見えた。
「これ、まさに私のための仕事じゃん」
こうして美咲は、自ら新たな泥沼へと、その一歩を陽気に踏み出したのだった。
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