3 昼寝

A、ツン君

 季節は、もう春。ここは春風が優しく吹き渡る庭だなぁ……。

 ん? なんだなんだ? この詩的な気分は。

 いかんいかん、気を引き締めるんだ、俺! う〜ん。でもやっぱり、春風には叶わない。どうにも心地よくて、まぶたが重くなる。

 

 のの君が、この前言っていた。あの良い香りを放つピンクの花は、薔薇というらしい。

「挿し木で増やしたんだ」

 いつになく得意げに、婆さんに語っていた。なるほど、確かに見事だ。庭一面に漂うその香りをのせて、春風が吹き過ぎていく。俺の心までほぐされて、眠りへ誘われてしまうぜ。

 

 のの君は、ルルおじさんと住んでいた人間だった。仔猫の頃、俺の空腹を救ってくれた人間だったんだ。不思議なことってあるもんだな。こういうことを人間たちは、縁とか運命とか、訳わからない言葉で言うらしい。

 にゃん族の世界観には無い……。にゃん族の集会でこのことを話したら、仲間たちがそう言っていた。で、この出来事は、とても幸せなことらしい。それは、何となく俺にもわかる。

 ということで、早く出てこーーい。腹が減ったぞーー。まだ出てこないのかなぁ? 玄関のすりガラスに俺の身体を押し付けてたら、爺さん……否、のの君だってさすがに気づくだろう……。

 

 アッ! それからよ、爺さんが俺を呼ぶ時のツン君って名前、気に入ったぜ。これからも、ツン君って呼ばせてやるからな。感謝しろよ……爺さん改め、のの君。


B、のの君

 アッ、今日は、もう来てる!

 

「キョウちゃん、見て。ツン君、もう来てるよ。……というか、ツン君、もしかしたら、寝てるのかも」

「えっ? あ、ツン君の身体がガラスにピッタリとくっついてるね。なんだか、変な姿!……」

 思わず顔を見合わせ、二人で笑ってしまった。


「いつからだろうね。ツン君が僕を見ても、シャーーって、怒らなくなったのは」

「やっと、のの君のことを信頼してくれるようになったんだね。よかったじゃない」

「うん……ここまでくるのに、ずいぶん長かったからね。それだけ、小さいころに人から酷い目にあわされてきたんだろうね……」


 すりガラスの向こうで眠る影を見つめながら、僕の胸の奥にも、やわらかな春風が吹き抜けていった。

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