5 秋雨
A、のの君
「キョウちゃん、朝のニュースで今日は雨になるって。秋雨前線の影響らしいよ。秋の長雨なんて言うけど、僕は嫌だなぁ。やっぱり、秋は『天高く馬肥ゆる秋』が好きだな」
「そうね……やっぱり空は、青く澄み渡ったほうが秋らしいわよね……今日は、雨なんだ……」
「……こんな雨の時、あの野良、どうしてるんだろう……」
「草むらに隠れて、じっとやり過ごしてるんじゃないかしら」
「そうかもしれないね。それか、人がもう住んでいない家に間借りしてたり……」
二人は元気なく微笑みながら、テレビから流れる芸能人の笑い声を、ただ音の波として聞き流していた。
ふと窓の外を見ると、あの野良が庭を歩いていた。
「キョウちゃん、見て!」
「あ……野良猫のツン君だね。とても人に懐きそうにないんだけど……私たちに馴染むかしら?」
「うん……もし人にひどく虐められたことがあれば、人を見るだけで傷が疼いて、怒りが込み上げてくるんだと思う。それでもこれまで、一匹で生き延びてきたんだから、それだけで立派だよ」
「そうね……。そうなんだけど……」
「……僕、餌をあげてみる※3」
そう言って、のの君はルルの使っていた猫皿にカリカリを入れ、玄関へと向かった。
B、ノラ
おっと、また出てきやがった。本当にこの爺さん、しつこいもんだ。こっちは腹が減ってイラついてるってのに……。わからねえのかよ……爺さん。仕方ねえ、いっちょ脅してやるか……。
ん? 何だ? 皿を置いたぞ……いい匂いが漂ってくる。ひょっとして、この前のカリカリか? でも、爺さんがすぐそばにいるじゃねえか。
おいおい、近づくんじゃねえぞ……。
――シャーーッ、シャーーッ!
……ほう、少し離れた場所に置いたな。よし、それでいいんだ。最初からそうすりゃいいんだよ。爺さんとの距離は三メートルってとこか……そこから動くんじゃねえぞ。
ポリ、ポリ……。
……うん、美味えな。ポリ、ポリ……。
――おや、雨が落ちてきやがった。細い糸みたいに、地面を濡らしながら広がっていく。
爺さんは何が楽しいのか、じっと座って、こっちを見てるだけ。……まあ、それでいいんだ。お互い、それくらいの距離でいい。
雨脚が少し強くなった。
ハハッ……爺さん、じゃあな。また来るかもしれねえぞ。
舌の奥に、まだカリカリの名残りが転がっている。
――妙なもんだ。雨の匂いとカリカリの味、そしてあの爺さんの視線。
どれも、俺の中に残って……簡単には消えそうにない。
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