第2話 2度目の転生

 次の朝。

 僕は学校に行くこともなく、光沢のあるシルクのシャツに身を包んで優雅に朝食をとっていた。


 お上品な透き通ったスープ。

 程よく焼き色のついた鴨のローストに、添えられるのは香味野菜。

 カリッと香ばしいパンに、色とりどりのフルーツ。


 どれも思わず笑顔になってしまうほど美味しい。

 これを全て食べていいなんて……夢のようだ。

 

 僕は学校をサボったわけでも、誘拐されたわけでもなければ、妄想オチでもない。


 まさかの2度目の転生。

 と言っても、あの後トラックに轢かれたとかじゃない。

 寝て起きたら乙女ゲームの世界だったのだ。


 気付いたら僕は伯爵令息のリオン・シルヴァリーになっていた。


 こげ茶色の髪に青い瞳は、僕が勇者だった頃を彷彿とさせた。さすがに顔の造形は違うものの、かなり容姿の整った少年だ。


 もちろん、リオンが生きてきた記憶も引き継ぎ済み。ついでに前世と前前世の記憶も残ってる。


 転生も2度目となると慣れたもので、落ち着いて受け入れることができた。もはや転生者お決まりの『知らない天井だ』や『この体は一体?』などは華麗に回避したので問題ない。

 

 前世(日本)でのオタク知識が威力を発揮し、余計な混乱を避けられたと言っていいだろう。だけどこの世界が……楓がハマっていた乙女ゲーム『キラメキ☆ラプソディ』の中だったことには驚きを隠せなかった。


 妹と違いこのゲームに精通しているわけじゃないので、リオンがこの世界でモブなのか、それとも攻略対象なのかすらも定かじゃない。


 こんなことなら、もっと妹に話を聞いておけばよかった。


「リオンさま、今宵は王宮でのパーティーのご予定がございます」


 ブルーベリージャムをのせたパンを口に運んでいると、老齢の執事から声がかかる。


「ああ、分かっているよ」

「さすが、楽しみにしてらっしゃっただけのことがありますね」

「15歳以下だと、このパーティー位しか参加出来ないからね」


 

 今日開催されるのは、夜会に慣れるためのジュニアパーティーみたいなものだ。

 今日開かれるのは、12歳〜15歳未満の子供以上大人未満な貴族たちが参加できる会だ。



 僕の意識が覚醒する前のリオンも楽しみだったらしいが、今の僕にとっても待ち遠しいイベントである。

 

 それは僕の推し令嬢『アメリア』に会えるからだ。


 ◆


 本当に豪華絢爛という言葉がピッタリだった。


 磨き上げられた床。

 壁には大きな風景画が飾られ、天井にはシャンデリアが無数の光の粒をきらめかせている。


 聞こえるのは、オーケストラが奏でる優雅なワルツの音色にグラスの触れ合う軽やかな響き。


 見回せば、少年少女たちが楽しげに談笑している。豪華な雰囲気と混ざり、夢のような空間を作り出していた。



 ジュニア版の夜会とはいえ、そこは貴族向け。走り回ったりバカ騒ぎする様な輩はいない。

 ここは、ただの子どもの集まりじゃない。紳士淑女の卵たちが集う場なのだ。


 勇者だった頃に参加した王城のパーティーよりも、規模が大きいかもしれない。


 ジュニア向け夜会でこれほどに豪華なのだ。

 それだけ、この国の……アストレア王国の力があるという証明だろう。



 僕も伯爵家の令息として優雅に振る舞いつつ、目的のアメリアを探して歩く。

 彼女が夜会に参加していることは、受付時に名簿で確認済みだ。探せば必ず会える。


 僕は不自然にならないよう、令嬢や令息たちと挨拶や談笑をしながら彼女を探すが、アメリアはなかなか見つからなかった。

 

 もしかすると、彼女はまだ来ていないのかもしれない。


 そう思い、捜索を中止して会場の隅で壁の花を決め込んでいると、ふと、視界の端に気になる人影が映った。



 人々の輪から少し離れた、バルコニーへと続く扉のそば。


 そこに、1人の少女がぽつんと立っていた。


 年の頃は、僕と同じくらいだろう。


 月光をそのまま閉じ込めたような、美しい白銀のロングヘアをハーフアップに結い上げ、背中まで流すスタイル。彼女が身につけているのは、黒を基調としたシックなドレス。他の令嬢たちが着飾るパステルカラーのドレスとは一線を画し、それがかえって彼女の存在感を際立たせていた。



 少しつり上がった切れ長の瞳。すっと通った鼻筋。形の良い唇は、真一文字に結ばれている。ゲームよりも幼さが残るが、すでに完成されたクールビューティーだ。



 間違いない。


 彼女こそ、僕の推し令嬢『アメリア・フォン・リンドブルム』だ。



 だが、その顔にはパーティーを楽しんでいる様子など微塵も感じられない。むしろ退屈しているような、どこか不機嫌そうな色が浮かんでいた。



 妹から聞いたゲームの記憶が正しければ、彼女はこの時点ですでに母親を流行り病で亡くしている。父親は、悲しみのあまり仕事に没頭し娘を顧みなくなっていて、家族の繋がりすら薄いらしい。


 おそらくその情報は本当に彼女の身に起こったことなのだろう。 彼女はこんなにも華やかなパーティー会場なのに、たった1人で壁際に佇んでいるのだ。


 美しい横顔には、深い孤独の影が落ちている。


 この孤独が彼女の心を歪ませ、ヒロインに対して数々の非道な行いをさせる元凶となる。

 

 それはまだ先の話だとしても――。


 今の彼女は、まだ、婚約者もおらず誰のものでもない。

 だただ寂しさに耐えている、か弱い少女に過ぎない。



 その時、僕の心の中で何かが決まった。


 僕の魂には勇者として生きた記憶が刻まれている。


 困っている人がいたら、手を差し伸べる。

 悲しい顔をしている女の子がいたら、笑顔にしたい。


 それが、自分の推しならば尚のこと。


 そんな、単純で真っ直ぐな衝動。


「よし……」



 僕は、小さく息を吸い込むと、意を決して彼女の方へと一歩、踏み出した。



 ゲームのシナリオ?

 婚約破棄?

 断罪?


 そんなもの、知ったことか。



 僕がこの世界に転生した意味が。

 もしも……あるのだとすれば。


 それは、この孤独な少女を救うためなんじゃないか?



 優雅なワルツの調べに乗って、人々の間をすり抜け、ゆっくりと彼女に近づいていった。


 僕が取る行動で何が起こるのか、全く予想はつかない。


 けれど……挑戦もしないで後悔するよりは、ずっとマシだ。


 これは勇者として生きてきた僕の矜持か?


 いや、違うな。

 もっとシンプルで、もっと個人的な衝動。


 いちファンとしての推し活が始まるんだ!


「アメリア様、ですよね。僕はリオン。リオン・シルヴァリーと申します」

「ええ、そうよ。アメリア・フォン・リンドブルムです。もしかして、どこかでお会いしたかしら?」

「いえ、こうしてお話するのは初めてです。ですが……もしよければ、僕と、お友達になっていただけませんか?」


 キョトンとしたアメリアに、僕は笑顔でそう言った。

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