第7話 視線のカスケード現象②

 カーテンを締め切った第二理科準備室では、自立型の簡易スクリーンに向かって、プロジェクターの投影する画像が映し出されている。


 薄暗なくなった準備室で手慣れたようにノートPCを操作する上級生を眺めながら、私は被験者となる男子生徒のやや後方で、彼以上に緊張しながら、実験開始の合図を待っていた。


(いったい、どんな結果になるんだろう?)

(本当に、好みの異性のタイプを変えることなんて可能なの?)

 

 隣では、親友の佳衣子が興味深そうな笑みを浮かべている。

 

『【視線のカスケード現象】の実験にご協力いただきありがとうございます』


 というプレゼン資料の表紙のようなページを投影させながら、被験者としてトップバッターを務める野球部の福島くんに対して、朱令陣しゅれじん先輩は説明を繰り返す。


「さっきも話したように、これから、あのスクリーンには、AIで作成し、様々な表情をした二人の女性の顔写真が、映し出される。キミには、この二人の女性のうち、どちらが好みなのかをボタンを押して答えてもらう。左側に提示した女性を選ぶ場合は左のボタン、右側に顔写真を提示した女性を選ぶ場合は右のボタン、という感じだ。準備はいいかな?」


「はい! 大丈夫です!」


「よろしい。では、始めよう。さぁ、実験の時間だよ」


 朱令陣しゅれじん先輩が声を発すると、スクリーンには、に二人の女性の顔写真が映し出される。


 左側は、ショートカットのヘアスタイル。

 右側は、髪が肩のあたりまで伸びたセミロングのスタイルだ。


 顔写真は、5秒ほどで次の画像に切り替わり、穏やかな笑顔の次は困った顔。その次は、少し悲しそうな顔、やや怒ったような表情。最後は満面の笑みという感じで、たて続けに合計5枚投影された。


 画像が切り替わるたびに、私はかすかな違和感を覚えたのだけど、それが何なのかはわからないまま、最初の被験者である福島くんのテストは終了し、二番バッターの島田くんの番となった。


 ルーティーンとなった朱令陣先輩の説明のあとに投影されたAIで作成したという女性の画像は、福島くんのときとは、二人とも違う人物になっている。


 こうして、6人目までの実験を終えたところで、合計12人となる被験者(ケンタと日辻先輩を含む)の前半が終了したということで、5分間の小休憩となった。


「まずは、前半戦終了といったところだ。どうだい、1年生諸君? 我が生物心理学研究会の実験を見学した感想は?」


 いきなり感想を求められて困惑する私をよそに、テスト自体と被験者のようすを興味深そうに観察していた佳衣子が、


「ハイ!」


と元気よく手を上げて答える。


「なんだい、蚕糸さん?」


「アタシ、実験を見てて、ちょっと違和感があったんですけど、質問いいですか?」


「ほう、気になったこととはなんだい?」


「はい、先輩は二つの顔写真が、ほぼ同時にスクリーンに表示されるって説明していましたけど……いまの実験て、どちらかの画像が少しだけ長く表示されていませんでしたか? ソフト的なタイミングのズレかも知れないですけど、そのタイムラグに、なにか意味があるのかな、って……」


 佳衣子の言葉に、私も思わず「あっ」と声をあげる。

 画像がスクリーンに映し出された瞬間に覚えた違和感の正体はコレだったのか!


 私が、続いて言葉を発しようとすると、朱令陣先輩は、我が意を得たりという表情で嬉しそうに語りだす。


「ふ〜ん、どうやら音無さんも気づいたようだね。そうだよ、この左右の画像の表示時間の差が『視線のカスケード現象』の実験のキモなんだ。実は、二枚の画像は、片方が0.6秒だけ長く表示されるようにしている。これから、すぐにでも、その詳細を説明をしたいところなのだが――――――残念ながら、いまは時間が少ないようだ。詳しいことは、被験者全員のテストが終了してからにしよう。そうそう、とくに、音無さんは、戌井くんの反応を楽しみにしていたまえ」


(楽しみって、どういうことなの?)


 先輩の言葉に疑問を抱きながら、実験の後半戦がスタートした。

 通算で七番目の被験者となる戸井といくんから、十番目の椎葉しいばくんまでは、これまでと同じようなテストが淡々と続く。


 そして、


「テスト番号11、戌井犬太いぬいけんたです! よろしく、おねがいします!」


と面接の場面のように、幼なじみのケンタが入室してきた瞬間、朱令陣先輩はニヤリと微笑んだ。

 

 その表情には、あきらかに、なんらかの意図が含まれているように感じたけれど、私は上級生と幼なじみの両方に無関心を装って、無表情を決め込んでスクリーンだけを凝視しようと決意を固める。


 だけど――――――。


『【視線のカスケード現象】の実験にご協力いただきありがとうございます』


 というデフォルト画面から、画像が顔写真に切り替わった瞬間、思わず「えっ!」と声を上げそうになってしまった。

 

 おそらく、無関心を装う意志を固めていなければ、準備室に響き渡る声が漏れていただろう。


 コンマ何秒かの少しだけ遅いタイミングで、スクリーンの画像の右側にあらわれたのは、、私そっくりの女子の顔だった。


 朱令陣先輩の意図に気づいたのは、私だけではなかったのだろう。かたわらでは、準備室の丸椅子に座る佳衣子が、声を殺しながらクスクスと笑い、肩を震わせていた。

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