第21話 最愛の貴方を諦めたくない④ SIDEエヴァルト

「もっと魔術の勉強がしたい?」


 講堂で入学式が開かれる中、ぼさぼさの亜麻色の髪に白衣を着た教師がこちらを振り返る。全員出席の入学式に出ず、水晶玉や試験管の整理をしているこの教師の名前は、テオン・グレゴリオ。王城の侍女や従僕に、アカデミーの教師陣について聞いた僕は、彼が最も魔術研究に熱心で――人の心に興味がないと聞いた。


「はい。もっと、戦えるような魔法を知りたくて」

「ふむ。入学式に出ずに魔術の勉強がしたいとこの扉を叩く点については、僕と通ずるものがあり、とても好印象です」


 テオン・グレゴリオは、人でなし。死にたい人間を集めて、実験を繰り返しているらしい。だからあまり関わらないほうがいい。城でアカデミーの教師陣について尋ねると、「あまり詳しくないけど」「自分がアカデミーに通ったのは何年もまえだけど」そう初めに付け足したものですら、最後にはこの教師の評価に帰結していた。


 だからこそ、強大な魔力を手にするため師を得るならばこの教師がもっとも適している。 


「戦闘魔法ならば僕よりも君と同窓のアルマゲストくんが適任ではないでしょうか? 君と同い年ですが、彼は騎士団の中でも実力者と呼び声高い。殿下の腰巾着の印象が強いですが、実力者であるのは間違いないですよ」

「……いずれ、自分で魔術の研究がしたいと思っています。そのためには、戦闘魔法だけでは足りなくて……」


 僕はスフィア嬢が平和の犠牲になる前に、その力を得なければいけない。絶対的な力によって、スフィア嬢を守る。信用ならない、人間たちから。


「本来なら、こういうものは段階を踏むべきことなのですが、ジークエンドくんには時間がないのですか?」

「はい。なるべく早く、研究がしたいんです」

「はぁ、今年は何なんでしょう。皆、わたしを時空を操る神か何かと思っているのでしょうか」


 テオン先生がため息交じりに試験管の整理をする。準備室には初めて来たけれど、薬品の試験管や小さな鳥籠、グラフや図式の書類がちらばる部屋は、実験室を眺めているようだ。


「まぁ、いいでしょう。」

「えっ……」


 重苦しい空気を感じていると、テオン先生は本棚に手をかけた。横へずらされた本棚の裏側から、扉が現れる。


「わたしも君の魔力量には興味があります。君はわたしの知識を利用する。わたしは君の魔力を利用する。教師と生徒ではなく利益だけを等しく交換しましょう。ただ、君がそれでよければ、ですけど」

「お願いします」

「本当に? 君の研究成果によって幾千の民が死に絶え、万の軍勢によって争いが始まっても?」


 鋭い視線に射抜かれ、息を呑む。僕は化け物だ。今更手段なんて選べない。


「お願いします。僕に、魔術を教えて下さい」


 僕はテオン先生に頭を下げた。それと同時にガラ……と僕の背後の扉が開き、青みがかった薄紫色の髪の女性が立っていた。その色はどことなくリリー・ファザーリの髪色を思わせる色で、女性は僕から視線を逸らして、「失礼いたしました」と出ていった。


「……夜に出直したほうがいいですか?」

「いえ。彼女は君の姉弟子のようなものですから。といっても、色々君とは状況が違いますが、目的は同じようなものです。多分ね」


 そう言って、テオン先生は部屋の奥にある資料の隙間に手をさしこんだ。何かを探す素振りをしながら、顔は僕に向けたままだ。


「彼女は、ファザーリ姉妹のお母様ですよ。まぁ、聖女様にとっては義理の、ですけどね」

「義理の?」

「まぁ、簡単に言ってしまえば、ファザーリ伯爵は分かりやすい人でなしなんですよ。僕は分かり辛い人でなしのタイプなんですけど……ともかく伯爵は、自分の正妻には目もくれず、外にも子供を作っていたんです。そして実のお母様が、昨年には亡くなってしまい、伯爵は後妻とその子供を家に引き入れた、ということです」


 まぁ、表立って公表はされていませんけどね? お葬式もまともにしていないようですし。そう、テオン先生は付け足した。スフィア嬢が何故虐げられていたかは、魔力がなかったことに加えて、さらに理由があったのか……。


「まぁ、義理のお母様のほうがずっと彼女にとって良い影響を与える母、というものになる可能性が高いんですよ。始めこそハーシェル先生も彼女に対して穿った見方をしていたようですが、今では伯爵との離縁に動き、なんとか自立して働く手段はないかと王家に頼み込んできたくらいですから――そして、わたしは彼女にこれを渡しました」


 テオン先生が、目の前に銅鍵を差し出してきた。かと思えば、地面にそれを突き刺す。確かに大理石の床のはずなのに、水面に指をさしこむように鍵は地面に食い込んでいった。


「この鍵は、いったい……」

「亜空の銅鍵、といいます。使用中は、周囲の時間の進みを遅くする道具です。鍵を使って何百日と勉強をしても、世界は一時間しか経過しないんですよ。ただ連続使用は、精神に著しい悪影響を及ぼしますから、一時間を六時間にする……くらいがいいと思いますよ?」


 ――まぁ一日を二年にすることも出来ますけどね。


 僕は目の前に揺らされたその鍵を、受け取った。

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