愛され聖女は闇堕ち悪役を救いたい

稲井田そう

第1話 プロローグ

 私には、好きな人がいる。


 何にも染まらぬ純黒の髪に、夕暮の瞳を持ち、聡明で怜悧な顔立ちをした美丈夫。けれど性格が冷たい……なんてことはなく優しくて蠱惑的な魔性のお兄さんだ。


 名前はエヴァルト・ジークエンド。私はひと目見た時から彼に恋をしていた。皆を一歩引いて見つめる優しい眼差しや時に周囲を諭す声、世界を混沌に覆う魔物と戦う姿と闇の中ひっそり笑う儚さも、全て好きだ。


 私はエヴァルトと結婚したかった。中学二年生の頃に大きな事故に遭い身体は満足に動かず、お医者さんからも元の生活に戻ることは難しいと言われ、自棄になった私を救ったのが彼だった。


 エヴァルトに見合う女になるために自分を磨き、苦手だった化粧をはじめ、どうせ治らないとずっと拒んでいたリハビリも頑張るようになった。何度も何度も彼に話しかけアタックし続けても、彼は全く振り向くことはなかったけど。


 プログラミングされたテキストを読み、私がどんなに話しかけても「今日は何する?」しか言わない。たまに言うのは「おっ、音周りを整えたいのかな?」「画面の明るさはこれで大丈夫?」だけだ。


 要するに私は現実を生きるプレイヤーで、エヴァルトはゲームの中で命を燃やす二次元のキャラクター。私達の間には画面という恐ろしい隔たりがあったのである。


 だからこそ十五歳の冬、病院のベッドの上で意識を失う寸前、もし死ぬのならエヴァルトのセーブデータと共に死にたいと思った。流石に乙女ゲームを親に確認されるのはきついものがあったから。


 でも。



「やっぱり可愛い! 妖精みたい!」


 目の前に立つ美少女を見て思わず呟くと、彼女は怪訝な顔をした。しかしすぐ笑みを浮かべ私に手を差し出してくる。


「初めまして、お姉様……わたくしの名前はリリーと申します。どうぞ本日からよろしくお願いいたしますわ。スフィアお姉さま?」


 今日から私の義理の母となる人と、新しくできた同い年の妹。親の再婚によって設けられた席で私はハッとした。


「私——、スフィアですね。確かに、スフィア」


 反芻するように呟くと、私の隣に座る父、そして前に座る義母と、義妹でありゲームの登場人物であるリリーが顔をしかめる。


 スフィア・ファザーリ、十四歳。どうやら第二の人生は、乙女ゲームのヒロインに転生した模様です。

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