第38話 理想の家族
情けなく眉を垂らしているスキウルスとオービスに歩み寄ったカニスは、二人の瞳を交互に見つめる。紫と、黒。違う色。けれど困惑している瞳の揺れ方は同じだった。
「良いですか? まず、婚約者というのは、一般的には恋人が家族になる過程に生じるものです。ですがお二人の場合は、政略結婚になりますので、恋人という過程がありません」
「で、では、私たちの場合の婚約者は、家族に近いのでは」
「い、いや、でも、恋人から家族になる中間なら、まずは恋人を目指すべきじゃ」
オービスもスキウルスもそれぞれの思考の中でぐるぐると考える。カニスはそんな二人に思わず笑みを漏らした。
「お二人は、本当に似ていますね」
その言葉にオービスとスキウルスは顔を見合わせて、首を傾げる。カニスは小さく笑ってから、軽く咳払いをして話を戻す。
「まず第一に、政略結婚の場合、家族になる必要はありますが、恋人になる必要も恋をする必要もありません」
スキウルスの目が見開かれ、信じられないという様子で首を横に振る。
「で、でも、兄上たちは、婚約者の方と恋をしていただろう?」
「いえ、あれは元々恋仲だったからです。というより、陛下が必然的に恋をするように機会を設けていたのです。ただ殿下の場合は立地の問題で中々会うことができなかった上に、身を守るために緊急を要する婚約だったために初対面での婚約となりました」
「確かに、食事に毒を盛られない場所となると限られるだろうが」
スキウルスの言葉にオービスはギョッとしたように目を見開く。けれど次の瞬間には、いつものように目尻を垂らして心配そうにスキウルスの様子を窺っていた。カニスはその様子に小さく頷いた。
「毒味役がすぐに気が付いて対処をしたので問題はありませんよ。殿下の食事に毒が盛られることも、刺客が送られてくることも。王都では日常茶飯事ですから、我々も対策は万全です」
「そ、そうか。でも、それは、とても不安だっただろうな」
オービスは情けなく眉を下げる。スキウルスが急いで婚約を結ぶことになった理由について聞かされることもなく婚約を交わした。想定以上のことにオービスは肩をすくめた。
スキウルスが何か言おうと口を開いたとき、カニスはぽんっと手を叩く。二人の視線がカニスに向けられる。
「まあ、その話は置いておきましょう。今は、お二人の価値観の修正の方が大切ですから」
カニスの微笑みにオービスとスキウルスが顔を見合わせて頷く。そのあまりに真剣な様子は、やっぱりどこか似ているものがあった。
「第二に、婚約者は家族になるための過程ですから、いきなり家族のようなことはしません。お互いの家族に対する考え方を確認し合い、擦り合わせを行う期間だと思ってください」
「いや、家族というのは、大抵はどこも同じだろう?」
オービスが首を傾げると、カニスとスキウルスは揃ってため息を漏らした。二人のそんな様子に、オービスは慌てたようにおろおろする。
「ち、違うのか?」
「違います。確かにピンパル辺境伯領では似たような文化があるのかもしれません。ですが、生きてきた環境が違えば価値観も変わります。例えば、親との接し方。親が大切に守りながら育てることもありますが、突き放されて自力で生きるしかない子どももいます」
ピンパル辺境伯領では親や周囲の領民が子どもたちを守りながら、生きる術を教えていく。子どもは常に大人の背を見て育つ。孤児院で暮らす親がいない子どもたちも、身近な大人たちが自分の子どもかのように大切に育て上げる。
オービスにとっては信じ難い話で、思わず首を横に振ってしまった。王都から遠く離れた辺境。文化や情報は閉ざされ、政治の動向くらいしか知る手段がない。生活の違いなど、王都を訪れるだけでパッと見て分かるものしか知る由もなかった。
「そ、それでは、スキウルスさんは」
「私は乳母とカニスに育てられました。王位継承権も早々に放棄したので、私に手を差し伸べようとする親戚もいませんでした。親というのは、謁見の間か食堂でマナーを気にしながら同席するだけの存在でした」
スキウルスにとっては、それが当たり前。恨みも憎しみもない、ただの常識。
「ですが、この領地らしい家族の形を見たとき、羨ましく思いましたよ。温かくて、優しくて」
「なら」
「でも」
オービスの言葉をスキウルスが遮る。オービスは素直に口を噤んでスキウルスを見つめた。
「まだ、慣れません。それから、私からの接し方も、分かりません。少しずつですが、学びます。なので、もう少しだけ、お手柔らかにお願いします」
「わ、分かりました」
オービスはどこか緊張したように頷く。全く触れるなと言われるよりも難しい。
「二人は婚約者として、恋をするより先に、お互いを知ろうとしてください。そうしてやっと、お互いが望む家族の形が見えてきます。それを元に、二人が努力をすることで家族になることができるのですよ」
カニスの言葉に、オービスとスキウルスは素直に頷いた。カニスは一昔前のスキウルスの家庭教師だった頃に戻ったような気分になって、眼鏡をくいっと持ち上げた。
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