第32話 再会
オービスがサラマンダーの祠の建築について従士たちに話すと、皆賛同した。しかし、いざオービスが祠を設計しようとペンを握ると、ネルヴァがそのペンを奪い取った。
「な、なんだ?」
「先にスキウルス様やカリタス様、ラナ様のお迎えでしょう? 私は行きませんからね。オービス様が領民たちを連れ帰ってきてください」
オービスがぽかんとしていると、ドラコがため息を吐いて肩をすくめた。
「まったく。みんなが領主様に会いたがってるんすよ? 領民の心のケアも領主様の仕事っすからね」
ドラコはそう言いながら、せっせとオービスの旅支度を整えていく。すっかり着替えも荷物も整えられたオービスは、ようやく実感が湧いてきてへにゃりと笑った。
「それも、そうだな」
「私が同行します。行きましょう」
クリオも腰に剣を下げ、オービスを促す。オービスはクリオと共に領民たちが避難している地帯へと旅立った。
「まだ魔物の異常な状態が続いていることに変わりはありませんから。気を付けましょう」
「そうだな。その原因の究明もできていないんだよな」
オービスは思わずため息を漏らす。その悩みの尽きない様子に、クリオは小さく口角を持ち上げた。
「大丈夫です。私たちが支えますから」
その言葉にオービスは肩の力を抜いて微笑んだ。
「クリオはいつもそう言ってくれるな。俺が領主になったときからずっとだ。本当に、心の支えになっている。ありがとう」
クリオはその言葉に悲し気に微笑んだ。
「お父君を守ることができなかった私の言葉でも、そう思ってくださるのですね」
オービスはその言葉に空を見上げた。その瞳にはどこか昔を見つめるような、懐かしさが写り込んでいた。
「父が亡くなったとき、私はまだ十二歳の子どもだった。まだ自警団に入りたてだったネルヴァを従士に迎えて体裁を保ったけど、仕事にはお互いに慣れていなくててんやわんやだった。そんなとき、いつも言葉をかけ、そばで助けてくれたのがクリオだ。クリオがいなければ、私は領主という大役に堪えかねていたかもしれない」
当時を語るオービスの声には悲しさと悔しさが滲む。まだ領主としての仕事を学んでいる途中だった。剣の修業も中途半端だった。けれど領主の息子として生まれたからには、父の後を継がなければならない。その重圧に耐えることは並大抵のことではなかった。
「父がよく言っていたんだ。クリオは気遣いができると。その場を離れたくない状況でも、必要とあらば自分がその場を離れる決断をすることができると。最後に頼れるのはクリオだとも言っていた。私は領主になってから、それを心から実感した」
オービスはくしゃりと笑ってみせる。その姿にクリオは懐かしそうに目を細めた。
「領主様の笑顔は、変わりませんね。領主に就任される前から、ずっと」
「なんだか恥ずかしいな。クリオには、俺が生まれた時からずっと見守ってもらっているわけだし」
「そうですね。領主様のおしめを変えたこともありましたか」
「やめてくれ。恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ」
二人は昔ばなしに花を咲かせながら、慎重に歩を進める。魔物との遭遇に備えた懸命な判断だ。
無事に領民たちの元へ到着したオービスとクリオ。二人の姿が見えた途端、二人へ向かって駆け出す姿があった。
「兄様! クリオ!」
「ラナ! 久しぶりだな! 元気でいたか?」
「うん! 兄様は? サラマンダーと会っていたと聞いたけれど、怪我はない? 大丈夫?」
ラナはぴょこぴょこと動き回って、オービスの無事を確認する。オービスは擽ったそうに笑うと、ラナをひょいっと抱き上げてぐるぐると回した。
「ははっ」
「ちょ、兄様!」
「可愛いやつだな」
恥ずかしがるラナと、喜びが爆発して蕩けたような笑顔を浮かべているオービス。二人の様子にクリオは小さく笑みを漏らす。
「領主様、皆が見ておりますよ」
領民たちは、二人の相変わらずな様子にニコニコ、ニヤニヤ。領民たちに手を振りながら、彼らの後ろからそっと二人を見守る姿にオービスは気が付く。そしてはにかむように柔らかな笑みを浮かべてラナをそっと地面に下ろした。
「ちょっと、行ってくるよ」
ラナにそう囁いて向かった先には、スキウルス。オービスはその目の前に立つと、両腕を広げてそっと抱き締める。壊れ物を扱うように、慎重に。
「お久しぶりです。生きて戻りましたよ」
「はい、おかえりなさい。オービスさん」
スキウルスの声が震えている。オービスはその背中を撫でながら、スキウルスの顔を自分の胸元に埋めて隠してやった。
「なんですか」
「何故でしょう。スキウルス様の可愛らしいところを、他の人には見られたくない気がしてしまって」
オービスの素直過ぎる言葉に、スキウルスはさらに顔を埋める。その耳の赤さに気が付くことができたのは、そばで見守っていたカニスだけ。
領民たちはどこか困惑しているオービスと恥ずかしさに動けなくなっているスキウルスを微笑ましく見守った。
領地が無事であったという吉報と共に、大切な仲間のぎこちない春を喜んだ。
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