第16話 二人の王子
スキウルスは自室のドアノブに手をかけると、深呼吸をしてドアを押し開いた。
「ここが、私の部屋です」
「は、はい。お邪魔します」
ぎこちなく入室するスキウルスに続いて、オービスも少しそわそわしながら部屋に足を踏み入れた。
王族の自室にしてはシンプルで、けれど高級感と暖かみのあるブラウンとグリーンを基調とした部屋。何より目を引くのは、大量の書物が詰め込まれて板が軋み始めている本棚だった。
「あ、あまりまじまじと見ないでください」
「す、すみません、つい」
スキウルスが手招く。スキウルスはベッドに、オービスはそばの椅子に腰かけた。木製の少し硬さがある椅子はオービスにとっても馴染みある座り心地だった。
「それで、なんですけど」
スキウルスは慎重に口を開く。オービスが視線を向けて小首を傾げる。そのとき、ドアが粗雑にノックされてすぐに開かれた。
「おい、スキア!」
そこに立っていたのは王妃に似た柔らかながらも花のある顔立ちにファイアーレッドのようなオレンジ味のある太陽のような長髪の男。そしてその後ろに凛とした筋の通った顔立ちに熟したいちごのような短髪、もう一人に比べて赤みがかった紫色の瞳の男。
二人の男はどちらも自信に満ちた笑みを浮かべている。オービスは直感的に椅子から立ち上がってスキウルスに視線を向けた。
スキウルスはいつも以上に完璧な笑顔を二人に向け、静かに立ち上がった。
「お久しぶりです。兄上」
「ああ、久しぶりだな。そっちは婚約者か?」
長髪の男の視線が舐めるようにオービスを見つめる。オービスは嫌な気持ちは押し殺して恭しく一礼する。スキウルスはどこか安心したように静かに息を吐いた。
「そうです。私の婚約者のオービスさんです」
「オービス・ピンパルと申します」
「ピンパル? あの成り上がり貴族か」
短髪の男は嘲るようにオービスを見やる。オービスはそれでも穏やかな笑みを浮かべ続ける。スキウルスに倣うような姿に二人の男は軽く舌打ちをしてから取り繕うように微笑んだ。
「挨拶が遅れたな。私はスキアの兄で第一王子のソル・ゴーフィスだ。いずれは兄弟になるとはいえ、まだ他人だろう? 皇太子殿下と呼びたまえ」
長髪の男はオービスに握手を求める。オービスが握手に応えると、その眉間に皺が寄った。
「見かけと変わらず力自慢なようだな」
「失礼しました。力を入れ過ぎましたか?」
オービスは申し訳なさそうに眉を下げる。その様子にソルは首を横に振った。
「いや、構わないさ。私が非力だということだろう」
悪意の籠った声色。オービスは嫌悪を露わにしないように口角を持ち上げた。
「寛大なお心に感謝します」
「おい、俺を忘れるな」
ソルの後ろに立っていた短髪の男が目をギラギラと光らせながら見つめてくる。オービスがそちらに顔を向けると満足げに頷く。
「俺はファウスタ・ゴーフィス。第二王子だ。だからと言って気軽に呼ぶな。俺のことも第二王子殿下と呼べ」
「かしこまりました」
「ふん。俺たちはそこのやつと違って王位に就く可能性があるからな。家を出て行くような弱虫と一緒にするんじゃないぞ」
オービスは拳をきつく握り締めながら微笑んだ。スキウルスも隣で完璧な笑顔を作り続けている。
「それで良い。お前たちは笑顔で私たちに媚びへつらっていれば良いんだ」
ソルはそう言い捨て、ファウスタを引き連れて部屋を出て行った。バンッと無駄に強くドアを閉めることも忘れずに。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「いえ」
オービスは短く答えるとスキウルスをジッと見つめた。その瞳の真剣さにスキウルスはたじろいだ。
「な、なんでしょうか?」
「ずっと、あんな調子なのですか?」
「え、ええ。幼少期からあの調子ですが」
スキウルスは躊躇いながらも頷いた。その言葉を聞いたオービスは、小さく微笑んで短く息を吐いた。
「良かったです。殿下が結婚して俺の家に入ってくれると決まっていて。そうじゃなかったら、俺は王家を敵にして殿下を掻っ攫わなければ気が済まないところでした」
その真っ直ぐな瞳とスキウルスの身を案じる断固としながらも柔らかな笑み。スキウルスは第一王子と同じ色をした瞳を揺らして、つっかえながら慌てたように音を吐き出した。
「な、何を言うんですか。それから、今までは注意しませんでしたが、私は王位継承権がありません。だから殿下とは呼ばずに名前で呼んでください」
「それもそうですね」
オービスは名前を呼ぼうとして、口を噤んだ。その様子にオービスはどこか悪戯っぽく余裕のある笑みを浮かべた。
「躊躇なんてしなくて良いんですよ? 婚約者なんですから」
「で、ですが、流石にスキアと呼んでは、いけませんよね?」
「へあっ?」
変な声を漏らしたスキウルスは、口がぽかんと開いたままになってしまった。オービスも自分がどれだけ大胆なことを言ったか自覚があって視線を合わせることができない。
ゴーフィス王国の風習では、愛称を呼ぶのは家族か余程親密な人間だけ。王族ともなればそれはかなり限られた人間になる。
「あ、えと、ス、スキウルス様と、呼びます」
オービスが慌てて訂正をして、顔を背ける。その耳の赤さはスキウルスにも見えていたけれど、スキウルス自身も自分の中でとかとかしている熱をどうにもできなくて何も言えなかった。
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