第14話 王宮


 王宮に到着すると、オービスとスキウルスは謁見の間へと通された。ネルヴァたちも同行し、二人の後ろに控える。カニスとレオの礼儀作法の美しさはもちろんのこと、ネルヴァも美しく膝をつく。


 恰幅の良い国王ティトゥス・ゴーフィスが玉座に鎮座し、その隣には煌びやかなメイクの王妃レギーナ・ゴーフィス。第一王子と第二王子の席は空白になっていた。



「遠方から呼び出してすまないな」



 国王の第一声に、顔を伏せたままオービスは顔を顰めた。



「父上、遠方から呼び出したことよりも先にオービス殿に謝るべきことがあるでしょう?」


「いやいや。朕が勅旨を出したのは妹君に対してだ。あの明るくて愛らしいご令嬢なら、お前に似合うと思ってな。それが、なんと。なあ。知らぬ間に男が婚約者になっているとは思わなんだ」



 国王が肩をすくめると、オービスは歯を食いしばった。婚姻に性別を問題としないことは王家が定めた法令に乗っ取って認められている。しかし王家や貴族のような血縁を重視する家柄では男女による婚姻と妊娠が求められている。


 オービス自身も辺境伯家の当主として考えなければならない立場ではあった。



「父上。私はオービス殿との婚約を誇らしく思っています。それに当初の目的の一つであった身の安全に関しても申し分ありません」



 スキウルスの言葉に、オービスは目頭にギュッと力を込めて込み上げてきた熱いものを抑え込んだ。深く息を吐き、心を落ち着ける。



「ほう。スキウルス。お前はこの男に信を置いているようだな?」


「はい、父上。オービス殿やピンパル辺境伯領の従士、自警団たちの力量は私もレオも認めるものです。この国のどこにいるよりも安全だと考えております。跡継ぎに関しましても、血縁ではなく実力を重視して選定することも可能かと思います」


「ふむ」



 国王が考え込むと、王妃が扇子を口元に当ててクスクスと笑った。



「良いではありませんか」



 その優しい笑み。顔を伏せながらそっと視線を向けたオービスは目を見開いた。それはよく似ていたから。スキウルスがオービスに向けてくれた柔らかな笑顔と。



「レギーナ」



 国王が眉を顰めても、王妃は全く気にすることなく微笑んでいる。国王は敵わないとでも言いたげに息を吐いた。



「私は母として、スキウルスが無事であることと幸せであることを願っていますわ。オービス、顔を上げて」


「失礼いたします」



 オービスが顔を上げると、王妃はにこやかに微笑んだ。



「私たちの大切な息子のことを、これからどうか、よろしくね」


「はい。誠心誠意向き合い、大切にすることを誓います」



 オービスは胸に手を当てた。王妃はオービスの眼差しに小さく微笑んだ。



「その瞳は、信用に値しますわね。これからは私たちの息子の婚約者として、そして私たちの息子の一人になる者としての自覚を持ってくださいね」


「はい。有難き幸せ」



 オービスは改めて恭しく頭を下げた。嬉しそうに微笑んでいる王妃をちらりと見て、国王は小さくため息を漏らした。



「まったく。まあ良い。さっさと本題に入ろう」



 国王の言葉にオービスは再び首を垂れる。国王がサッと手振りをすると宰相コルウス・グレが書類の束を国王へ手渡す。



「先日カニスから報告書を受け取った。魔物の巨大化現象が見られたと。他にもおかしな現象が起きていやしないか、念のための確認だ。自由に発言してくれ」



 魔物の異常現象は周辺の環境の変化に起因することが多い。魔物を狩ることは、調査の一環でもある。


 オービスが手を挙げる。国王は小さく頷いて促した。



「最近は村まで降りてくる魔物が多いように感じます。今回討伐したグリーンベアのような大物が現れることは珍しいですが、よく王都に現れるような種族単位の個体数が多い魔物ほど村に現れます」


「その現象が表すものは?」


「大型の、彼らよりも強力な魔物の発生です。その発生の原因の究明と共に、魔物の襲撃に対する対策を近隣の領地へも伝達して頂けると幸いです」



 国王はジッと考え込んで、頷いた。



「分かった。コルウス、すぐに伝令の準備を」


「承知しました」



 コルウスはすぐに扉の外に待機していた部下に言伝をして戻ってきた。国王はそれを確認してから、ネルヴァに視線を向けた。



「オービスの従士か?」


「はい」


「お前はどう思う?」



 国王の問い掛けにネルヴァは少し考え込む。



「私は、魔物の襲撃と共に感染症が起こるのではないかと考えています」



 ネルヴァの答えに国王は目を丸くした。そしてコルウスに視線を向けた。コルウスはジッと考え込む。



「そのような歴史は聞いたことがありませんが」



 コルウスの言葉に国王はネルヴァに疑念の視線を向けた。冷ややかで、視線だけでも首を切り落としてしまいそうな、そんな鋭さを含んでいる。



「嘘を申すなよ?」



 低く声が轟く。けれどネルヴァは、全く動じることなく国王を見据えた。その自信に満ちた様子に、王妃が手を挙げた。



「根拠がありそうね」



 王妃の静かな声に、国王は睨みを利かせた瞳を閉じる。ネルヴァは一つ頷き、王妃に敬意を示して首を垂れた。



「話を聞いてみましょうよ」



 国王は渋々という様子で頷いた。


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