第10話 移民の村


 スキウルスはオービスたちが狩りに出かけた後、カニスと共に領地の村を散策していた。領民たちはスキウルスに気が付くと、慌てたように頭を下げてそそくさと去っていく。



「カニス、家の場所は決めたのか?」


「はい。領主様の御厚意で、辺境伯邸のすぐそばの敷地を頂けることになりました。家の建築も領民の皆さんが協力してくださるように手配をしてくださると」


「そうか」



 スキウルスはホッと息を吐くと、凛々しい顔つきで街道を闊歩する。ピラン村からポルン村へと移動し、最後に最も新しく最も小さなパロル村を訪れた。



「ここは村民五十名ほどの村だそうです。魔物の襲撃で失われたここより少し先にあった村の生き残りが移住してきたと聞いています」


「そうか」



 スキウルスは村の畑の間を縫うようにいくつも建てられた墓を眺めていた。そしてカニスと共に村の中央に建てられた石碑の前に跪き、鎮魂の祈りを捧げた。


 その姿を見ていた、五歳の少女が黙ってスキウルスの肩を叩いた。目を開けたスキウルスは、目の前にいる少女に柔らかく微笑みかけた。



「どうしましたか? お嬢さん」



 少女は黙ってお花を押し付けて、走り去っていった。スキウルスが押し付けられた白い花束を目を丸くして見つめていると、木の杖をついた男が近づいてきた。



「うちの子が、突然すみませんでした。少々天邪鬼なもので」


「いえ」



 スキウルスが返答に困ると、男は丸みの中にかつての厳つさを残した顔で微笑んだ。



「私はこのパロル村の村長をしています、ラモン・アカオギと申します」



 その名に、スキウルスの眉がピクリと動いた。



「その苗字は、東方の名残りですか?」


「ええ。我々の村に住む者は、ほとんどがここより少し南の森の中にあった村の出身です。そこはずっと昔東方の国から逃げ出してきた者たちがひっそりと身を顰めて暮らしていました。我々は、その名残りを受け継いでいます」


「そうですか。その話は聞いています。それから、魔物の襲撃の話も。国の支援が間に合わず、申し訳ありませんでした」



 スキウルスが素直に頭を下げると、ラモンは目を丸くした。普通、王家の人間が平民に対して頭を下げることはあり得ない。その様子を隠れて覗き見ていた村民たちもひそひそと話す。



「どうか、頭をお上げください」


「ありがとうございます。自分勝手なことですが、私はこれから、この領地で領主の配偶者として生きていくことになります。王家の人間らしさより、この領地の方々に正直に向き合いたいと思っています」



 スキウルスはそう言って微笑む。第三王子は物分かりが良く、穏やかな性格。その噂は誰もが聞いていた。身体は弱いらしいが、人格者だと。その噂の上にある笑顔に、ラモンはすぐに肩の力を抜いた。



「そういうことでしたら、領主様に接するときのように接しても?」


「はい。そうして欲しいです」


「分かりました。村の者たちにもそう伝えましょう」



 ラモンはそう言って微笑むと、少し離れたところに手を振った。スキウルスが振り向くと、さっきの少女が家の陰に隠れるように立っていた。ラモンに応えるように手を振るものの、近づこうとはしない。



「すみません。慣れないようで」


「いえ、ゆっくりで大丈夫です。あの子は、ラモンの子ですか? 失礼ながら、それにしては随分と幼いようですが」



 パッと見た限り、ラモンは三十代後半で少女は五歳。二十歳前後で第一子を産むことが多いため、珍しいことだった。時々大家族ならば末の子どもがそれくらい小さいこともあり得なくはないが。


 ラモンは少女を見つめながら、小さく首を横に振った。



「あの子の名前は、イレーネ・ムツと言います。私たちが元々いた村の自警団の青年とその配偶者の間に産まれた末の娘でした。ですが、魔物の襲撃によって両親と兄を失い、同じ境遇だった私が引き取ることになりました」



 魔物の襲撃によって失われた命は、付近の一つの村も合わせて百を超えたという。それだけの大きな魔物が、大群で村々を襲い、村民の命を奪っていった。



「私たちの村の生き残りは、かつての半分より少ないんです。あの頃の仲間たちに、新たに他の場所から移住してきた人々を加えて、今のパロル村があります。あのとき、領主様が私たちを受け入れ、この地をくださったからこそ、今の私たちがあるのです。その奇跡に感謝しながら、生き残った者として、あの子を守ることに決めました」


「そうですか」



 スキウルスはそれ以上何も言えなかった。当時王都にその報告が届いて討伐隊の編成を組み始めたときには、ピンパル領の者たちが魔物の群れを制圧し、難民たちを受け入れた後だった。


 距離だけが問題ではない。辺境を見捨てるような無駄にプライドが高い貴族たちがその活動を阻害した。王位継承権すら持たないスキウルスには、何もできなかった。



「今更ではありますが、私にできることがあれば、なんでも言ってください」


「ありがとうございます。では、早速。あの子からの感謝の証を、大切にしてください」



 ラモンは微笑みながら、スキウルスの手に持たれた花束に視線を落とした。



「感謝?」


「ええ。あの子から、両親と兄弟の死を悼んでくれた殿下への、精一杯の感謝です」



 スキウルスは、花束を優しく胸に抱えた。そして少女に向かって一礼すると、ラモンを振り返った。



「大切にすると、約束しましょう」



 ラモンが何か言いかけたとき、ポルン村の方から領民の一人が駆け込んできて大声で叫んだ。



「討伐完了だ!」



 オービスたちの狩りが成功したことを知らせる声に、村人たちは歓喜した。村民たちが村長に駆け寄ってくると、オービスはカニスと共に静かにパロル村を後にした。


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