15 初めての下層

 「まさか……下層も一緒とは思わなかった」


 『そうですね、出現モンスターに違いはありますが、その他の部分は一緒に見えます』


 これは完全に手抜きと言っていいかもしれない。同じ色の床、壁、迷路という仕組みも一緒で、トラップもなにもない。探索する私にとっては都合がいいけど、何時間も同じ景色をずっと見させられる側からすれば、飽きてしまってしょうがない。

 

 『先程の階段スペースには他の探索者様はいらっしゃらなかったようですね』


 「そうみたいね」


 :おい誰か止めろよ

 :Eランクが下層に行ってるぞ

 :死にたいのか

 :引き返せ

 :お前にはまだ早い。最低でもBランクでチームを組まないと行ける場所じゃない

 

 コメント欄が荒れてる?どうやら下層は相当危ないらしい……でも私には高値で買ったバイオインプラント〈セレリタス・メンティス〉がある。シークピストルもあれば、P-Bladeもある。恐れるに足りない。数千万単位の金を掛けたんだから負けるはずがないでしょ。


 「鈴……下層ぐらい余裕よね」


 『もちろんです!余裕のよっちゃんですよ』


 「よっちゃん……それはどういう意味なの?」


 『鈴にもわかりません……でも楽しいので大丈夫です!』


 マップが完成しているのは下層まで。深層に関しては途中で空白になっている。その深層に到達できれば、難波ダンジョン攻略の最先端まで進んでいることになる。確かに、初めてのダンジョン攻略では異様なスピードに感じるかもしれない。でも、掛けたお金も違う、揃えた装備も導入しているバイオインプラントも違う。そもそも比較される方がおかしい。


 「ゴォォォァァァァッ!!」


 ビリビリと地面が振動する。凄まじい雄たけびが下層を駆け巡る。油断していたから、耳のデバイスに負荷がかかりすぎてしまって音が一切聞こえなくなった。

 

 「いったいなぁ……チッ、絶対に殺す」


 :耳ないなった

 :あああああ耳がぁぁぁぁ

 :トロールじゃね?これトロールじゃね?

 :鼓膜、新しく買いなおさなきゃ

 :自動ボリューム調整機能のある俺に死角はない

 :配信越しでこの威力となると、現場はマジやばいんじゃね

 :そういえばこの配信者の名前しらねぇな

 :初期設定から変更されてないからUser1159743が正式名称だな

 :ビクン……ビクンッ

 :このコメント欄自由過ぎないか

 :よしっUser1159743戦え!敵は近いぞ

 

 『令那様、音の発信源がかなり近いです。いますぐ銃を構えてください』


 鈴の声は直接脳内に転送されているから、耳が使えなくなっても聞くことができる。私は銃を正面に構えた。


 振動に震える地面、巨大な灰色の体躯、顔は人間に見えるけど頭が悪いのか虚ろに見える。私は引き金に指を掛け、力を込める。射出された弾丸は真っすぐ眉間を貫いた。


 「グゥゥゥゥ……」 


 『名称:トロール。モンスターランク:B。N鉱石サイズ:大』

 

 「どういう状況なのこれ?」


 トロールは銃弾を受けると、走るのを止めて、手をだらりと垂らし、少し前かがみになって立っている。私は警戒を解かず、少しずつ、トロールの元へ向かう。


 「ゴガガガガ……グゥゥ」


 「眉間に銃弾をくらったのに……まだ生きてる」


 私はもう一度、撃った。ピクッと身体を震わせる。ダメージは入っているはず。なのに倒れる気配がない。


 「どういうこと?なぜ死なないの?」


 『鈴にもわかりません……ちゃんと脳を貫いたはずなのに』

 

 :誰か教えてやれよトロールについて

 :図鑑に載ってないのか?

 :Eランクなのに、Bランクに挑むことは想定されてないからな。更新が必要だ

 :図鑑なのに載ってないのは問題じゃないか?

 :そりゃあ力量もわからず突撃するやつばかりだから、あえて記載してないんだろう

 :でも他の探索者の配信にあがってるんじゃないか

 :あがってるよ。だから、事前に調べてくるのが当たり前

 :はぁはぁはぁ、倒し方教えてほしければ……名前、教えて

 :キモすぎる草

 :お前の推しがもしかしたら死ぬかもしれないのに、それでも名前が聞きたいのか

 :ウチも聞きたい。どうせ、トロールもまだ動けないでしょ


 コメント欄を確認しても碌な情報がない。ネットで検索したくてもダンジョンに電波は飛んでいないから、N鉱石を使用したデバイスじゃないと外部との連絡が取れない。ドローン経由でコメントを読むか、映像で伝えるしかないのに……クソッ。


 「あっあのぅ、倒し方教えてほしいなぁ」


 :おい初めて俺らと会話を図ろうとしてるぞ

 :これまで散々無視されてきたからな

 :挨拶もないし

 :もっとちゃんと頼んでくれないと……はぁはぁはぁ、教えられない

 :こいつらの性格の悪さよ笑

 :マスク外してくれたら教えるよ


 「外すわけないでしょ。普通に考えて」


 :こういうときだけ頼みごとするんだね

 :めんどくさい彼女かお前は笑

 :名前おせーて


 『鈴としては、こんな提案をしたくないですが……』


 「どうしたのよ」


 『ブレードを使うのはいかがでしょうか。物理的に身体をバラバラにすれば倒せるかと』


 あっその手があった。


 私はシークピストルをホルスターにしまい、代わりに鞘からP-Bladeを引き抜いた。激しくバチバチと流れる電流。きっと出番を、今か今かと待っていたのかもしれない。それくらいウキウキしている。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る