13 とある日記(蒼木瑠莉)

 私がいわゆる『普通』と違うことを知ったのは、小学生の頃だった。


 当時の私は、友達みたいに男の子をどうしても好きにはなれなかった。かといって嫌いなわけじゃない。会話したり遊んだりするのも抵抗はなかった。ただ、そういう恋愛感情みたいなものが全くわからなかった。


 「蒼木さんにもいつか好きになれる人が見つかるよ」


 「蒼木さんは美人だからさぁ、告白すれば誰でも付き合えるんじゃない?」


 「……が、蒼木さんに興味があるんだって、連絡先教えていい?」


 ちゃんと笑えてる?変じゃない?普通の女の子でいられてる?私にとって学校は地獄でしかなかった。毎日、鏡の前に立たされている気分で、否応なしに自分と他人の違いを認めさせようとしてくる。男の子を好きになれない私。告白したことのない私。恋バナで盛り上がれない私。みんなと一緒でいたいのに、集団から追い出され、いつも輪の外に弾かれている。


 そうして、中学、高校と誰にも相談することもできないまま、身体だけ大きくなっていって、その乖離についていけなくて、私はプツンと切れてしまった。


 もう学校に行きたくない。


 そもそも学校なんて仕組みがあるのは世界中探しても日本だけ。企業に就職するためにあるだけで、基本的な知識はチップを入れるだけで習得できる。別に通う必要はない。だから、親も反対しなかった。私に興味がないだけかもしれないけど。


 私は他のみんなが学校で思春期を謳歌しているあいだ狂ったように毎日、一日中ずっと配信を見ていた。


 企業アイドルや個人勢、ダンジョン配信、様々なジャンルに枝分かれしているなか、特に好きになったのがアイドルだった。

 

 「かわいい。私も……なりたい」


 だから、配信者になったのは、いま思えば必然だったかもしれない。まずは配信用機材を購入するために親に内緒でバイトを始めた。日本は18歳以下に対する規制がかなり厳しかったから、親の同意がなければ働くことを許されない。かといって、これだけテクノロジーが発展してしまうと、ほとんどの仕事はAIが代行、自動化されてしまっていて、特に技術力のない私には手段が限られていた。


 その中で唯一、私のやりたいことを叶えながら大金を稼げる仕事があった。動画編集の基礎も学べ、なおかつ機材も貸してくれる。出来高制だから拘束される時間も少ない。AIにもできるけど、画一的になってしまうから味気なくなってしまい、個性が求められる仕事。それは、ポルノの編集だった。


 『あんっ、はっはっはぁん』


 『どうした?もう耐えられないのか?ここはどうだー?ほらーどんどん溢れてきてるなぁ』


 『ダッダメー』


 サイトを経由して送られてくる様々な角度から撮った未編集のデータを繋ぎあわせ、ズームしたり、カットしたり、BGMを追加して、返信する。もちろん、最後に出演者や編集した私のクレジットを入れるのも忘れない。あとは、それをアップロードして、ブローカーに選ばれるのを待つだけ。


 「よーう。今回のもいい出来だぜ!」


 「そう」


 「おいおいおいおいおーい!テンション低いなぁ?金の音が聞こえないのか?ちゃりんちゃりんってさぁ……まっ、あんたはいつもローだからしょうがねぇけど。おっそこもっと舐めてくれ……うぅ、たまんねぇ。ほら、あんたも、今回の金で女でも買ったらどうだ?いい気分転換になる」

 

 「なっ、私は、別に女が好きなわけじゃ……」


 「おいおいおい……マジで言ってんのかよ。こりゃ笑えるわ。あんたの編集した動画をなぜ俺が注目していたか理解してねぇようだな」


 ポルノ業界はもちろん、出演者の演技や身体のクオリティも求められる。ただ、整形技術が発展して、身体のパーツも交換できるようになってからは、より刺激を求めるゴア系、もしくは編集技術の優れた作品が求められるようになった。さらに付け加えれば、バックグラウンドさえ求められる。出演者だけでなく、その編集者も。


 「私が女子高生だからでしょ。年端のいかない女がそういう映像を編集してるのが興奮させる要素じゃない?」


 「わかってねぇなぁ。それだけなら、俺様が声を掛けることはなかった……うっ、全部飲めよ……。ふぅー、それに俺は完全に男向けに卸してる。そして、俺の目に狂いはない。あんたの視点は、男と一緒。すなわち、女が快感を得ることに興奮を覚えてる。逆なんだ。男が好きなら、もっと男を映してもいいだろう。でもあんたはそうしない。最低限、作品を破綻させない程度にしか見せない。それがどういうことを意味しているのか……男なら察しがつくぜ。俺も男の裸なんかできる限りみたくないからな」


 「ちがうっ私は……」


 「なら、試しに今度レズものの編集を任せてやるよ。ちょうど依頼も来てたからな、あんた宛に。それで結果がわかるさ。認めたくなくてもな」


 ディックとの通話が切れ、私はベッドに座り、頭を抱えた。


 違う。私は人よりもそういう感情に疎いだけ。男を好きになれないのも、周りがタイプじゃない奴ばかりだったからで、決して同性が好きなわけじゃない。絶対に違う。


 『さっきの件だが、依頼主に伝えたら、さっそく編集してほしいそうだ。納期は月末まで。時間はゆっくりあるからな。何回でも使っていいぜ笑』


 ディックからのメールを開けば、データが添付されてある。気にすることはない。これまでの仕事と一緒。ただ映っているのが男じゃなく、女同士なだけだから。


 ひどく喉が渇いたから、コップに水を注いで一気に飲み込んだ。大丈夫。なにも問題ないでしょ。


 そうして編集ソフトを立ち上げ、映像を確認する。舞台はなんでもないようなロッカールーム。トレーニングジムか何かなのか、丸めたマットやダンベルがわかりやすく置いてある。女優が汗を拭きながら、着替えシーンから始まる。ロッカーを開け、安っぽいトレーニングウェアから私服に着替えようとしているらしい。


 「あら……見かけない顔ねぇ。新人さん?」


 「あっはい、そうなんです。今日からで」


 「ふーん。トレーナーは誰がついてるの?」


 気の強そうな女が、後からロッカーに入ってきて、じっと着替えを見つめている。それに戸惑いながらも返事をする姿に奇妙に興奮を覚える。


 「トレーナーは、その、高橋さんという方で……」 


 「へぇー男がいいんだ?」


 「そっそういうわけじゃないんですけど……初めてだったので」


 「もったいないなぁ。私なら、もっとこことか、ここに効くような、トレーニングを教えてあげられるのに」


 女に脇腹や二の腕、お尻を撫でられる。でも着替えている最中だから、両手が塞がっていてちゃんと抵抗できない。


 「あっ、あのぅ、私は全然、いまでも満足しているので」


 「そうは見えないけど、ほら、ここはどう?」


 「あっ、そんなところ、汚いので」


 「胸、結構大きいのね」


 「ちょっ、いや……やめてください」


 「もっと抵抗してもいいのよ、逃げたいなら、そこの扉は開いてるわ」


 本当にくだらない。私はモニターから離れ、急いで洗面台に向かった。勢いよく流れる冷水で顔を洗う。


 「リアルじゃない。あんなっあんな展開ありえない」


 他のポルノでは一切反応示さなかったのに、私は激しく興奮していることに気づかされてしまった。


 無意識に見ないように、目に入らないようにしていたことに、無理やりわからされてしまった。


 「女性が好きだったんだ……私」


 鏡の前には少し頬の赤い私がいる。戸惑いが確信に変わる。


 そうして編集者として有名になった私が、配信者として『にゅースター』に声を掛けられたのは、このすぐ後のことだった。

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