10 いざダンジョンへ(2日目)

 「げほっ……あぁ喉がイガイガする。飲み過ぎたかも」 


 ベッドから立ち上がろうとして、隣で横になっている存在に気が付いた。


 「……夢じゃなかったのね」


 髪を振り乱し、うつ伏せで枕に顔を沈めている瑠莉をみて頭が痛くなる。

 

 「うぅ……頭痛い」


 「それはこっちのセリフ……まぁあれだけ呑めば二日酔いにもなるでしょうね」


 掛け布団を蹴り飛ばしキッチンに足を向ける。水道水は信用できないから、冷蔵庫からボトルを取り出して喉を潤した。


 「シャワー浴びないと」


 昨日のことで汗をかいたから身体が気持ち悪い。


 『令那様、大丈夫でしたか?』


 「大丈夫そうに見える?」


 『見えないです……あのぅ私の機能は一時オフにしておりましたので、ご安心いただければと』


 「そう」


 『あの方とは……お付き合いされているのですか?』


 「いや、まったく。これまでそんな会話もしたことなかったし、告白なんてものもなかったから……それに、こういう経験は初めてだから」


 『……そうですか』


 なぜそんなことを鈴が気にするのかはわからない。でもなにか言わなきゃいけないような……罪悪感がして、でも、たぶんこれもお酒のせい。


 温かいシャワーで身体を洗い流す。バスタオルで身体を拭きながら、天気を確認すれば、今日の気温は40度近くまで上がるらしい。トレーニングウェアでも暑くて堪らないだろうから、黒の短パンを履き、薄いマスクを着け顔の下半分を隠す。化粧は汗に強いものを中心に選び、適当に終わらせる。どうせ誰かに見せるわけじゃない。マスクで隠れる分、リップも塗らなくていいのは楽だった。


 「瑠莉……起きてよ」


 「うー、うん、なに?」


 「これから外でてくるから、勝手に帰ってていいからね」


 「なにそれ……帰れってこと?」


 「いや……別にそういうわけじゃないけど、とりあえずこれから私は行くとこあるから……好きにしていいよ」


 「どこいくつもり?」


 「そんなことまで教えるつもりはないから」

 

 枕からくぐもった声が聴こえる。相当しんどそうだ。ただ、心配よりもざまぁみろの方が勝ってしまうのは不思議な感じがする。


 昨日は色々あって配信部屋に置きっぱなしにしていた、シークピストルとP-Bladeを装着して、ダンジョンに向かう。今はちょうど昼の12時。お酒を呑んだ次の日はやけにお腹が空いて仕方ない。道中にある牛丼チェーンに入り、牛丼の並盛とサラダをセットに頼んだ。大盛りにしたいところだけど、これから運動することを考えたら、あまり食べすぎるわけにはいかない。


 現場作業員や外国人と肩を並べ丼に箸をいれる。昔はサラリーマンに愛され、顧客の大半も企業に勤める人間ばかりだったらしい。ただ、いまとなっては、街中にいてもスーツを着ている人間を見かけることはほとんどない。国を越え世界を支配する複数の企業体は決して民衆からは好かれていない。だから、私たちは自然と社会階級ごとに分かれて食事を取ることになった。


 「ごちそうさまでした」


 『私にも肉体があれば……食べてみたかったです』


 食器を返却し店を出る。暑い。去年よりもさらに温度があがっている気がする。卵焼きでも作れそうなくらい熱せられたアスファルトの上を歩きながら、難波ギルドへ向かった。


 「探索者証をお預かりします」


 入場ゲートの前に立ち、受付の人に探索者証を手渡し、ドローンを受け取る。これさえなければもっと楽しいのに。


 「まだ始められたばかりなので、極家令那様には関係ないかと思いますが、中層以降の探索者の死傷率が急増しています。異変が起きている可能性もございますので気を付けてください」


 「わかりました」


 「ちなみに着替えるなら、ギルド内にある更衣室がおすすめですよ」


 「ありがとうございます。別に着替えたりしないので大丈夫です」


 「……そうですか」


 フルネームで呼ばれたのは久しぶり。極家なんて可愛くもない厳つい名前はあんまり好きじゃないと子供の頃は思っていたけど、いまでは考えることさえしなくなった。大人になるということは、解決できないことを諦める、こういうことかもしれないな……なんて適当なことを考えながら、ダンジョン内を歩いていると、またゴブリンと遭遇した。


 「上層にはゴブリンしかいないわけ?さすがに飽きたんだけど」


 『それなら、ぜひ鈴をお使いください。一発で仕留めますから時短になりますよ!』


 「はいはい」


 私はホルスターからピストルを抜き放ち、引き金を引いた。ちゃんと狙わなくても勝手に弾が追尾してくれるから、かなり便利だ。


 「ギャ」


 短い断末魔をあげ、うつ伏せに倒れるゴブリン。腹部を蹴り上げ、仰向きにさせ、P-BladeでN鉱石を探す。


 「バチッバチチ」


 こういう用途で使われることが嫌なのか不機嫌そうに電流を放ち、ゴブリンの死体を震わせる。でも他に刃物は持ち合わせていないから仕方がない。それにナイフみたいに短いものだと、死体に近づかないといけないから、どっちにしてもこれしかない。


 『どんどん行きましょう!中層にも行ってみたいです』


 「はいはい」


 :またゴブリンかよ草

 :新人だから仕方ない


 ……またコメントされてる。ゴブリンに対する温度感が高いのか、よく指摘が来るけど、暇なのかな。

 

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