第50話 妹よ、また俺を裸にしちゃうのかい?


 四月も下旬となってしまった月曜日の七時間目。


 静かな教室は、響くチャイムを合図にようやく騒がしさを取り戻した。


 教科書の自習の範囲がすべて終了してしまったけど、明日からはいったいどうなってしまうのか。


 ようやく普通の授業が始まるのかなあ。


 抜き打ちテストがこの先に待っている、なんて噂も囁かれていた。


 去年も一昨年も当時の一年だった先輩も同じように自習の連続の後、少々厳しめのテストがあったという。


 だから信憑性はあるんだ。でも……


 浅く広く目を通しただけのような知識でテストを実施されても、満足できる得点は取れないと思う。


 誰が聞いてもどの先生も予定を教えてくれないし、今考えてもどうしようもないね。





「チビくん、帰りはもう少しだけ待ってちょうだい」


 帰りのホームルームが終わると、藤川先生から呼び止められた。アバンチュールのお誘いだろうか。


「申請が通ったわよ」


 それは、いつぞや提出したアルバイトの申請の件だった。


 部活動を強制されている多くの学校は、学業外の活動が制限されている。それは、アルバイトの禁止という意味が含まれていたと思う。


 前世で通っていた学校では、理由があれば学業外の活動としてアルバイトを認めてくれた。


 ここは違う学校だけど同じ公立高校。進学校だから無理かなあとも思っていたが、申請だけしてみたところなんとか通ったらしい。


 たぶん親父の収入が低いおかげだ。ありがとう、底辺の世帯主さま!


「週末だけとはいえ、ちゃんと報告してくれてありがとうですって」


 みんながいる教室だから、あえてバイトに纏わるキーワードは伏せているようだ。


 別に申請しなくても他県だしバレる可能性は低いとは思うけど、一応ね。


「本当なら私が顧問してる部活にもどうかなって思ってたんだけど」


 ん?


「やっぱり家庭科部みたいなやつ?」


 うちのかわいい担任は家庭科の先生なのだ。


 あの時アルコール消毒の匂いがしちゃってたのも、調理室の片付けの名残だったみたい。俺が不潔だからじゃなかった。


 そんなわけで料理に関する部活だろうと当たりを付けたのだが……


 答えは違った。


「演劇部だけど」


 こんなかわいい先生と青春をエンジョイできるならなんでもいいさ!


「よし、入部しよう。土日の活動は無理だから脚本でも書くか。上演は何分?」


「45分だけど……て、え? もしかして経験あるの?」


 キャストの記憶力と好みにもよるけど、80枚前後でいいのかな。


 あ、でも真面目なジャンルなら、今の俺には難しいかもしれない。保育園の舞台は子供騙しのストーリーだからなんとかなったけど、高校レベルはたぶん無理だ。


 やっぱりやめようかな……


「喜美ちゃん、また劇のプロデュースやるの!? じゃあ、私も演劇部入ります!」


「ちょ、朋美ちゃん。まじか、まじかあ」


 俺は頭を抱えてしまった。


 せっかく考え直したばっかなのに、後に引けなくなってしまったじゃないか。


「なるほど、チビくんにはそんな経験もあったのね。それなら、男子二名、女子四名くらいのキャストで考えてもらえるかしら?」


「あ、はい……」


 もう今更やめたいなんて言える空気じゃない。


 いったい俺は何をやっているのだろう。今年はたっくんの勉強も見なきゃならないというのに。


「じゃ、帰ろっか!」


 そう言って俺の手を引く朋美ちゃんは、もちろん俺の胸中を知るわけがない。


 それに俺は一緒に帰る約束なんてしてないのだけど。


「写真の現像取りに行くんでしょ?」


 そんな予定もあったねえ。


 でも、なんか今日は疲れた。美春ちゃんの笑顔で今日は癒されるとしよう。





「おお! これが、不良の化石……」


 美春ちゃんが見ているのは、ツッパリくんと出会った当時の写真だった。


 ふふふ。驚いてる驚いてる。


 この笑顔が見られたら、お兄ちゃんはどんな過酷な仕事も喜んでできちゃうよ!


「凄いだろ、美春ちゃ……あれ?」


「……」


 美春ちゃんが集中している。


 絵画、草花、家族。それ以外に彼女が集中するのは初めてかもしれない。


「あ、目がすわってる。兄ちゃん……また、やっちゃったね」


 裕美ちゃん、今だけは言語化しないで欲しかった。


 残念なことに、その写真には俺も写ってしまっている。美春ちゃんの脳内には、俺とツッパリくんのラブラブな姿が描かれていることだろう。


 俺は今日、失敗ばかりしている気がする。


 妹の視線がスケッチブックに移った。


「今年のコンテストはこれでいこう……」


「ちょ、え? コンテストってなに? ねえ、美春ちゃん?」


 き、聞こえてない……


 ああ、終わった。


 そのわけわからん絵は、また美術部のコンテストで入選しちゃうんだろうか。よりにもよってツッパリくんと俺の絵かあ。裸にはしないでほしいなあ。


 俺にもラジオドラマの作品にしろとか言わなきゃいいけど。


「お兄たん……もちろん、書くよね?」


 不安に思った途端にこれだ。


「お兄ちゃんは自分をモデルにしたくないかな」


「書かない、の?」


 う、上目遣いだと!?


 だが、俺はお兄ちゃんとして、時には鬼にならなければならない。


 ほ、ほらさっき断ったし。


 しかし、妹は俺の目を捕らえて離さない。


 う……


 い、いつもいつも俺が言うことを聞くと思ったら大間違いだよ。


 今日という今日はガツンと言ってやらないといけない。


「ま、任せなさい。俺はお兄ちゃんだからな!」


「ありがとう! お兄たんなら絶対にやれる。すんごいの作れるはず。だって、私の兄なのだから!!」


 ああ……またやってしまった。


 もうこれしか方法は思いつかない。


 そう決めた途端、脳内のストーリーが一瞬で出来上がった。


 ツッパリくん、最高の三角関係にしてあげるからね!


 俺は心を鬼にして、健太カップルを犠牲にすることに決めた……


 あ、演劇部のことすっかり忘れてた。

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