第44話「ステラ、新たな自分に覚醒(めざ)める」

「それじゃ眠ってくれ。ステラ」

「……ちょ!?」


 俺は【スリープミスト】を発動した。

 ステラは眠りについた。


 ここは俺の個室にあるシャワーブース。

 俺たちはここで、ステラの身体を調べることにした。

 個室で作業をするわけにはいかなかった。

【スリープミスト】はきりを生み出す魔術だ。

 寝室で使ったら、ベッドも壁も湿気まみれになってしまう。

 その結果、りょうの部屋がカビだらけになるかもしれない。

 それを防ぐために、シャワーブースで作業をすることにしたんだ。


 ちなみに、ステラは寝間着姿だ。

 うすい寝間着はれて、身体に張り付いている。

 女の子だということがよくわかるけど……今は気にしないようにしよう。


 俺が淫魔いんまだからな。

 淫魔が女の子の身体をいちいち意識していたら、仕事にならないもんな。

 だから気にならない。そういうことにしておこう。


 それで、ステラにほどこされた調整だけど……。


「やっぱりペンダントが、ステラの精気エナジーを吸い取ってるな……」


 ペンダントは吸収した精気を、魔力に変換している。

 変換された魔力は、ステラの中に戻って行く。

 その魔力が、ステラに影響を与えているんだろうな。


 ──たとえば、ポーラに逆らえなくなるように。

 ──たとえば、ポーラの命令に、最優先で実行するように。

 ──たとえば、ペンダントをはずすことに、嫌悪感を覚えるように。


 そういう役目を、このペンダントはになっているんだと思う。


 ペンダントを無効化すれば、ステラはポーラの影響えいきょうから逃れることができる。

 ただ、力まかせに外したり、くさりを切ったりするのは危ない。

 ペンダントはステラと繋がっているからな。

 彼女に影響がないように、慎重しんちょうに無効化しよう。


 そのためには──


「フルフル。来い!」

『ふるふるふるふる──っ!』


 俺は触手しょくしゅスライムのフルフルを呼びだした。


「フルフル、ステラの両手両脚を押さえていてくれ」

『ふるふる?』

「ああ。それでステラを、一時的に俺が支配したことにできるはずだ。そうすれば、安全にペンダントを外せると思う」


 淫魔いんまは、とりこにした相手の状態を把握はあくできる。

 相手が『気持ちいい』状態にあるのか、それとは違う状態にあるのかもわかる。

 身体がどれくらいの負担を感じているのかも、手に取るようにわかるんだ。


 だから、安全にペンダントを外すには、ステラを一時的に支配するのが、一番かしこいやり方のはずだ。


『ふるふるー』


 フルフルの触手しょくしゅが、ステラの腕と脚と、胴体どうたいにからみつく。

 よし、これでステラを仮の『とりこ』にできたはずだ。


 あとは……淫魔いんまの力で、ペンダントの精気エナジー吸収きゅうしゅうすればいいな。


 このペンダントはステラの精気で動いている。

 彼女の精気を魔力に変換することで、無限に稼働かどうするようになっているんだ。


 だったら、魔力切れにすればいい。

 マジックアイテムが吸収した精気をからっぽにすれば、電池切れになるはずだ。

 電池切れになれば、ペンダントは機能停止する。

 安全に外すこともできるはずだ。


淫魔いんまの力により……なんじの精気エナジーを我がものとする……」


 俺はステラの胸に手をかざす。

 対象をペンダントだけにして、精気を吸収していくと──



 ────ルルルルルルル。



 ペンダントが振動しんどうをはじめた。

 まるで、苦しんでいるみたいだ。


 ステラへの負担ふたんは……なし。

 彼女は眠ったまま『心地いい』状態にある。

 よし。このままペンダントの精気エナジーを吸収し続けよう。



 ────ルルルルルルッ!



 ペンダントがあばれ出す。

 必死に精気を求めているのがわかる。

 でも、こいつにはもう、どんなエネルギーも与えない。

 変な条件付けのアイテムは、ここでぶっこわす。


 そういえば……ゲームに登場するステラって、どんな状態だったんだろう。

 物語の中で、彼女は主人公に正体を明かすわけだけど……そのときは、ポーラの影響から逃れていたんだろうか?

 もしも、その後のステラも、ポーラの影響を受けていたとしたら……。


 ……ステラのエンディングって、ハッピーエンドじゃなかったのかもしれないな。

 主人公とともに、王立学園に就職するエンディングだったからね……。



 ────ぱり……ん。



 やがて、ペンダントの表面に、亀裂きれつが走った。

 俺は手をかざしたまま、精気を吸収しようとする。


 けれど、もう、なにも感じない。

 ペンダントは精気の吸収も、魔力への変換へんかんもやめている。

 完全に機能停止したみたいだ。


 ステラの状態も問題なし。

 淫魔いんまの能力でチェックすると、『かなり心地よい』状態のままだ。

 じゃあ、ペンダントを外しても……大丈夫かな。


 俺は彼女の首の後ろに、手を伸ばした。

 ペンダントのつなぎ目に触れると……くさりがほどけた。

 ステラをしばっていたマジックアイテムは、あっさり外れて、寝間着の隙間すきまからすべり落ちた。


 もう一度ステラの状態をチェックすると……うん。まったく異常はない。

 彼女は『心地よい』夢を見ているみたいだ。

 ちょっと体温が高くて、呼吸が早いのが気になるけど、問題ないレベルだ。


「これでステラがポーラに支配されることはなくなったと思う」

『ふるふるふるふるーっ』

「あとはステラを起こして、と」


 俺はフルフルを『使い魔の宿』に戻してから、【スリープミスト】を解除する。

 その後で、ステラの身体を軽くすると──


「終わったよ。ステラ」

「…………あ、あれ?」


 ステラが目を開けた。

 俺はペンダントを拾って、彼女に示す。

 ステラが目を見開く。

 ペンダントが外れたことに、おどろいているみたいだ。


「ぼくのペンダントが外れたの? すごい……どうやったの?」

「ごめん。秘密にさせてくれ」

「う、うん。そうだね。わかったよ」

「ステラに変なことはしてないよ。それは保証する」

「そんな心配はしてないよ。ぼくはシンを信じてるから」

「ありがとう。あと、俺はペンダントを外しただけで、ステラの身体については一切見ていないから。そういうことにしておいて欲しい」

「……え? わ、わわっ?」


 ステラはあわてて胸を押さえた。

 れた寝間着が身体に張り付いていることに気がついたみたいだ。


「えっと……あのね。シン。これは……」

「大丈夫。俺はなにも見ていないから」

「そうだね。そういうことにしておくって約束だったもんね」

「そういうこと。あと、寝間着をらしちゃってごめん。これはペンダントを外すのに必要なことだったんだ」

「わかってる。ありがとう。シン」


 ペンダントを握りしめたステラは、うなずいた。


「……うん。ぼくの中から、母上の気配が消えたのがわかるよ。やっぱり、このペンダントが、ぼくにとってのスイッチになっていたんだね」

「ああ。たぶんそのペンダントは、ポーラの意思を、ステラに伝える役目を果たしていたんだと思う」

「そうだね。ペンダントが外れたことで……なんだか、すごくすっきりしたよ」


 そう言ってステラは、笑った。


「でも、不思議だな。ちょっとだけ……不安になってるみたい」

「そうなのか?」

「うん。ぼくはいつも、母上の命令を、心のどこかで感じていたんだと思う。それがなくなったら……なんだか、不安になっちゃった」


 ステラはペンダントを通して、常にポーラの気配を感じていた。

 無意識状態とはいえ、彼女に命令されることに慣れていた。

 それはステラをしばくさりのようなものだったんだろう。


 ペンダントが外れたことで、ステラはくさりから解放された。

 でも、代わりに、不安を感じるようになった……ってことか。


「……シンにお願いがあるんだ」


 ステラはうるんだ目で、つぶやいた。


「ぼくに……命令してみてくれないかな?」

「命令? 俺が?」

「うん。母上の影響が完全に消えるまででいいから」


 ステラは震える手で、俺の服の袖をつかんだ。


「ぼくが……完全に自分の足で立てるようになるまで、シンに導いて欲しいんだ。だってシンは、ぼくに変な命令はしないでしょ? そんなシンの言葉を、ぼくは、生きる目印にしたいんだよ」

「大げさじゃないか?」

「も、もちろん、奴隷どれいとご主人様みたいになるわけじゃないよ!? うん……そうじゃないから。そうじゃない……よね?」

「当たり前だろ」

「う、うん。当たり前だよね?」


 ステラは大きな目で、まっすぐに俺を見た。


「じゃあ、シンがぼくに命令するとしたら、どんなこと?」

「『模擬戦もぎせんがんばろう』……かな?」

「模擬戦のために全力を尽くせってこと?」

「そうだね」

「そのためには、あらゆる手段を許可するということでいいかな?」

「いいと思う」

「うん。わかった。じゃあ、そうする」


 ステラは立ち上がり、ぱん、と手の平をあわせた。


「ありがとう。シン。ぼくは母上なしでもやっていけそうだよ」

「そっか。力になれたのなら、よかった」

「あと……ひとつ、いいかな?」

「うん?」

「二人部屋にいるときは……ぼくは、本当の姿になってもいい?」

「本当の姿に?」

「ぼくが男の子の格好をしているのは、母上の意思によるものだから……」


 そういえばそうだった。

 ステラは、男子の中で切磋琢磨せっさたくまするために、男装だんそうして男子寮だんしりょうに入っている。

 それは母のポーラの意思であって、ステラの意思じゃない。


 ステラはもう、ポーラの意思からは解放された。

 だから自室にいるときくらい、女の子の姿でいたい、ってことか。


「いいよ。というか、俺はステラの姿についてはなにも言わない」

「うん。シンなら、そう言ってくれると思った」

「それじゃ、俺も部屋にいるときは『ステラ』と呼ぶよ」

「そうだね。そうしてくれるとうれしいな」


 ステラは無邪気むじゃきな笑みを浮かべて、うなずいた。

 こうして俺たちは、新たな関係をきずくことになったのだった。







 ──ステラ視点──




「……なんだか、長い眠りから覚めたみたいだ」


 ステラは自室で、そんなことをつぶやいた。


 これまでのステラは、いつも頭の片隅にポーラがいた。

 彼女の言葉や態度、命令……そんなものが、ステラの心に住み着いていた。


 それはステラを縛る鎖のようなものだった。

 歩き出そうとするたびに、ポーラの言葉が、耳鳴みみなりのように聞こえてくる。

『こんなことをしてもいいの?』『母上はどう思うだろう?』と、考えてしまう。


 けれど、もう、ポーラの声は聞こえない。

 ステラは自分で道を選ぶことができる。

 それは不安なこともであるのだけれど……。


「……大丈夫。シンがいるからね」


 シンは『模擬戦もぎせんがんばろう』と言ってくれた。

 今は、それでいい。

 目の前の小さな目標を達成することだけでいい。

 そんなことを繰り返すうちに、いつか、自分の意思で進めるようになると思う。


 それはステラの胸にともった、小さな確信だった。


「本当に……これまでぼくは、母上の言葉を気にしていたんだな……」


 ポーラの言葉を気にして、怯えていた。

 それが消えたことが、はっきりとわかる。


「だって、母上の言葉を思い出しても、なにも感じないもの」


 ──アストラ、あなたは優秀です。

 ──わたくしの期待に応えてくださいね。アストラ。

 ──えっちなのはいけませんよ。アストラ。


「……ん?」


 かすかな引っかかりを感じた。


 ステラはもう、優秀である必要はない。

 ステラはもう、ポーラの期待に応える必要はない。

 そして……ステラはもう、えっちなのを我慢がまんする必要はない……。


「え? え? なにこれ? なにこれ……?」


 最後の言葉が、ステラの頭の中をぐるぐる回る。

 ポーラは『えっちなのはいけない』と言った。

 その言葉に従う必要は、もうない。

 だから、ステラは……そういうことを我慢する必要はもうないわけで……。


「ち、違うよ。ぼくは……そんなこと考えたりは……」


 ステラは、ぶんぶん、とかぶりを振る。

 なのに、次から次へと妄想もうそうが浮かんでくる。


 ──シンと見つめ合うステラ。

 ──シンと抱き合うステラ。

 ──いつの間にか、すべての服を脱ぎ捨てていて。

 ──シンが……アストラの身も心もしばってくれて……。


(…………え? え? ええええええっ!?)


 さらに、様々な記憶がよみがえってくる。


 ──シンの部屋のシャワー室でのこと。

 ──眠っている間、すごく心地よかったこと。

 ──濡れた寝間着姿を、シンに見せてしまったこと。

 ──寝間着が肌にはりついて、なにも着ていないのと変わらない姿を──


(わーっ! わわーっ わわわわわ────っ!)


 ステラは口を押さえて、あふれる声を押し殺す。

 もう遅い時間だ。シンはもう眠っているはず。

 隣の部屋で。たぶん、寝間着を着て。

 おだやかな表情で。ステラの腕よりも太い腕を伸ばして。

 さっき、起きるときに触れてしまった、厚い胸板をさらしているかもしれなくて──


(だ、だめだめだめ! 考えちゃだめ。だめだってば! だめになっちゃうんだってば……)


 そうしてステラは、眠れない夜を過ごし──

 どうやったら妄想が消えるのか、悩み続けて──

 そして朝、シンが起きてくるのを待ってから、個室を出て──


「お、おはよう。シン!」

「ああ、おはよう。ステラ」

「いい朝だね! 気持ちのいい朝だねっ!」

「うん。そうだな」

「今日の予定はなにかな? 模擬戦まで授業はお休みだよねっ! シンの予定はなにかな!?」

「俺はダンジョンに潜る予定だよ」

「そっか。ぼくは模擬戦のために訓練をするよ。シンの命令だからね!」

「それはいいんだけど、ステラ」

「な、なにかな!?」

「なんで制服のシャツだけを着てるんだ?」


(そうすると悶々もんもんとした気分が、少しは治まる気がするからだけど!?)


 ──と、言いそうになったステラは、思わず口を押さえる。

 それから彼女は、深呼吸して、


「寝間着がびしょびしょになっちゃったからだよ」

「あ、そっか。ごめんな……」

「気にすることないよ。制服のシャツは予備があるからね!」

「うん。それなら、よかった」

「ちょっと体操をしてもいいかな? 朝の日課なんだ。ずっと個室でやっていたんだけど、もう、シンはぼくの正体を知ってるからね。ここでやってもいいかな? 共有スペースの方が広くていいから」

「そっか。じゃあ、俺は着替えてから、食堂に朝食をもらいに行くよ。ステラの分ももらってこようか?」

「うん。ありがとう。シン」


 うなずいてから、ステラは体操をはじめる。

 毎朝体操をしていたというのは本当だ。

 身体の可動範囲や、状態を確認するのに必要なことでもある。


 ただ、今は少し、目的が違う。

 なぜか、思ってしまったのだ。


『シンの前で、薄着で体操をすれば、悶々とした気持ちが治まるかもしれない』と。


 そう考えたら止められなくなってしまった。


 そんなことを思いながら、ステラは軽くジャンプを繰り返す。

 身体をひねってねじって、前後に動かす。


「……あのさ。ステラ」

「な、なにかな? シン」

「ステラはすきが多いから、気をつけた方がいいと思う」

「隙が?」

「うん。外でそういう姿になると、女の子だってバレるから」

「そんなことないよー。ぼくはいつも気をつけてるから」

「俺の前に、身体にタオルだけを巻いた状態で出てきたことが、数回ある」

「────っ!?」

「風呂上がりに、だぼだぼの寝間着姿で小窓を開けたのは……ほぼ毎日だった」

「──────えっ、えっえっ!?」

「そういうことだから、気をつけた方がいいよ。じゃあ、朝食を取ってくるから」


 シンは部屋を出ていった。

 その後もステラは、黙々と体操を繰り返す。


 一通ひととおりの動きを追えて、そして──


「…………ちょっとは、落ち着いたかな」


 やっぱりシンはすごい。

 彼の側にいると、色々なことが解決してしまう。


 悶々とした気分は、薄らいだ。

 代わりに、心地よいドキドキを感じる。


 本当は、シンにもっと命令して欲しい。

 シンのためなら、なんでもできる。

 彼が命令してくれれば、この変な気分も、すっきりするような気がする。


 でも、それは望みすぎだろう。

 シンはステラにたくさんのものをくれた。

 これ以上を望むのはぜいたくだ。


 もしも、シンになにかをお願いできるとしたら、それは──


模擬戦もぎせんで結果を出してからだね」


 ──それしかない。


 結果を出したら、シンはお願いを聞いてくれるかもしれない。

 きっとステラに新しい命令をくれる。

 この、もやもやした気分を、すっきりさせるような、そんな命令を。


「……次にどんな命令をしてもらうか……考えておかないと」


 できれば、気分が晴れて、すっきりする命令がいい。

 それを調べるためにも、図書館に行ってみよう。

 どうして妄想もうそうが浮かんでしまうのか、どうすればすっきりするのかを、調べておかないと。


「まあ、それはあとの話かな。今は、模擬戦の準備をしないとね」


 模擬戦もぎせんで、シンと一緒に勝利するために。

 そして、自分自身の願いを叶えるために。


 そんなことを思いながら気合いを入れる、ステラなのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る