第37話 企図

 時というものは常に静止していない。ただ時の推移をあからさまにする出来事が生じるのと、生じるまでに雌伏するがゆえにまるで時が停滞しているように見えることがある、というだけの話だ。エイラーン王太子ラルスが子を授かりて四年、ウルヴァール双名王族ガイナ・ルシュアがセルンを実質的に差配しての四年は、それが偶然のことであるか、同じ年の事象であった。この年、ラルスは二十四歳。ガイナ・ルシュアは十七歳になっていた。

 ただの偶然ではある。その四年を両者とも、時の推移が比較的目立たぬ有様で積み重ねた。無論ラルスの子ロゼルはすくすくと成長してそれが歳月の証となり、ガイナの方は彼自身の身の丈が伸びた。個人としての出来事や衝撃は、そうでない日々と、俯瞰すれば大同小異であったかもしれない。ただ彼らが帰属し、大いに影響を及ぼす国という存在に関わる事象が、比較的に目立たぬことばかりであったというだけである。

 この年の年頭、奇妙なことに、雌伏し水面下での対流のみを続けていた迂と瑛との事情が、唐突に動き出した。迂はかねてより国政に反抗的で事実上の国内異勢力となっていた故ルフェン翁の一族ヨルドルグが、遂に迂国王ドメネウ・ナルサに対し叛旗を翻した。無気力のままに玉座に在り続けていたドメネウ・ナルサ王であったが、さすがにこれを看過するほどに腑抜けてはおらず、即座にその討伐と粉砕とを命じた。

 総大将は、彼の長子にして双名王族の筆頭格であるカノ・テディンである。ガイナとは十八も年の離れた異母兄で、いささか軽薄なところはあるものの、次代の王を見繕う立場からすればまず無難な後継者候補ではあった。ただ、次に玉座に座ることを確実視されているというわけではなく、相変わらずガイナもその候補の末席近くに腰かけている。

「カノ殿下にすれば、この一戦を手柄にしておきたいでしょうし、陛下もそれを含んでの総大将ご指名だったのかもしれないですな」

 白髪の増えた王弟グリュグは、甥であるガイナにそのように忌憚なく告げていた。ガイナは外見も青年らしくなっていたが、怜悧な知性は更にその先の、青年らしい青臭い理想論や観念から、より現実を踏まえた肉厚なものに進んでいた。セルン統治で四年、悪戦苦闘し、時にグリュグに説諭され、それで否応なしに身に着けた思慮であった。グリュグはそのことをよく見定め、この頃は自分の考えや様々な思惑をありのまま語るのに躊躇しない。

「カノ殿下が、実質的な後継者となっていくと、ガイナ殿のお立場もなかなかに難しくなってきますぞ」

 きな臭いことも遠慮なしに語り出していた。ガイナはそれが嬉しかった。叔父に対等に遇されている実感が得られるのだ。

「カノ兄上王太子格となると、双名持ちの私は爪はじきされますかね」

 別に怯む様子もなく、微笑を浮かべて叔父に問うと、グリュグは苦笑した。

「可愛げがなければ、そうかもしれませんか」

「可愛げか。自信がないな」

 ガイナも笑った。確かに自分でも、愛嬌も何もあったものではないという自覚がある。グリュグは表情をいくらか改めた。

「ガイナ殿があくまでカノ殿下と張り合うというならば、それは血みどろの争いとなり、まずガイナ殿に勝ち目はないでしょう」

「私もそう思いますね」

「では兄上様に従順であればどう遇されるか。先々どうなっていくか。兄上様はご即位まで、自分を支えてくれる双名王族の存在はむしろ望ましいはず。自分を追い抜き、脅威とならない限りはですが」

「ご即位後は、立場は危うくなりますかね」

 その問いにグリュグは即答した。「流動的でしょうね」

 カノ・テディンは三十半ばであり、その子もまだ幼少である。何年先になるかわからないが順当に即位に及んだ後、彼の子が成長するまでの間は、有力な傍系の双名王族を仮に置いておいて、子が長じたら徐々に序列の後尾に回ってもらうのが好都合になる。ガイナにはそのように遊泳する道がある。

「ただし、にらまれてしまうと、今回のヨルドルグのようななれの果てになる」

 グリュグの思考をたどりつつ、ガイナはそのように結論を出した。グリュグはうなずき、その回答を是とした。頼もしい有力者、輔弼者の道であって、深刻な競合者や反対勢力に向かうと滅びの方に向かってしまう。

「とはいえ、自力を培わねばならぬのも現実です。あまりに力を培い過ぎると危ぶまれるものの、力がなければ相手にもされない。私がいい例ですな」

 別に非力を嘆くわけでなしに、ごく淡白にグリュグは自らを持ち出した。多年にわたる西方域の経略で、ドメネウ王はその忠勤を嘉し賞し、グリュグの所領も少しずつ増やしてもらっているものの、叛徒ヨルドルグのように自前で一万を超える私兵を動員できるような力は到底ない。であればこそ、グリュグは早めにセルンの実質的な統治をガイナに委ね、将来的にこの地をガイナの根拠地として、にらまれもしないが侮られもしない程度の力を得ることを企図していた。まだまだ道半ばながら、順当に事は進んでいる。領民は徐々にではあるもののガイナに懐き、実質的な領主と見なして信を置くようになっていた。民力もサンサール時代の乱脈さを一掃した成果がようやく表れ、緩やかに回復している。本来的には国に接収された王領であるという名義の問題が長らく留保されていたが、何かの折にグリュグのそれまでの功績とガイナの体面との抱き合わせで正式にガイナの所領して認可されまいかと、グリュグは密かに願い、またそれを宮廷筋にさりげなく工作などしていた。

「そこまで終えたら、私は引退。ガイナ殿の世話になって楽隠居です」

 冗談か本気か、そんなことを口にすると、ガイナは慌てた。

「叔父上にはまだまだ頑張っていただかねばなりません。トゥアルだってまだまだ幼い」

 ガイナの言葉に、グリュグは真顔になった。

「まあ、いつ引退するかはさて置くにせよ、いずれはいい潮目にそうしたいのが私の願い。ガイナ殿には厄介をかけますが、行く末トゥアルのことを気にかけてやってもらえると、これほどありがたいことはないですな」

「もちろんです。トゥアルは我が従弟、いや弟も同然です」

「ありがとう。頼みますぞ」

 そのようなやり取りをしている日々の中に、双名王族カノ・テディンからの呼び出しを受け、彼の王都屋敷にグリュグとガイナは出かけて行った。

 カノは肉厚の恰幅のいい男で、肥満というのでなしに程々に引き締まり、いかにも頼りがいのある姿を大柄な椅子に沈め、招き寄せたグリュグとガイナが姿を見せるや、ゆるゆると椅子から立ち上がった。

「よう来てくださった。ガイナ殿は息災かな」

「おかげをもちまして、元気にしております」

「グリュグ殿も、相変わらずのご精励、感服しておる」

「恐縮です」

 いくらか挨拶を交え、客人に椅子を進めて自分もどかりと身を沈めたあたり、カノにはそれなりの風格と悠然とした挙措とが備わっていた。自分の優位性の誇示や何かの強圧という態度でないことをガイナもグリュグも内心で存分に見定めていた。

 話題はごく自然に、ヨルドルグとその甥エイリデルの討伐に及んだ。

「両名の兵力は、細かなところはわからんが、絞りに絞って動員して、それでも二万には届かぬだろう。私はそれを討伐するに、我が迂の兵力を集め、率いる権限を父王陛下から賜った」

「存じ上げております」

「王軍を出す。無論私の私兵も出す。諸侯らにも私兵を出してもらう。ただ今の目算では、総勢八万程度」

 八万ですか、ガイナは驚いた。グリュグは押し黙ったまま脳裏で忙しなく、それだけの大軍を維持運用する兵站の計算を巡らせた。

「北のホウヴへの備えは必要であるし、国内の他の守備ををがら空きにするわけにもいかないが、ヨルドルグの討伐には総力を挙げて対したい。これが私の考えだ」

 兵力規模は過大であるかもしれないが、敵を圧倒するのは望ましいことである。また、国内に対してのカノの威信の軽重も問われる。より多勢を集められれば、それが彼への声望の証になる。

「ガイナ殿、グリュグ殿には、大いに期待している。ぜひ私に協力してほしい」

 ガイナとグリュグは同時にうなずいた。

 カノにすれば、喉から手が出るほど欲しいのがグリュグの国内西方における運輸兵站網の運用手腕だった。ヨルドルグとエイリデルの領は迂の南域と、西方の運輸状況の転用が可能である。またカノが大軍を用いることを前提とする以上、糧秣の総量を十分確保するだけでなく、その大規模を円滑に運輸する実力は必須であった。

 幸いにして、グリュグの多年にわたる営為は、その規模の遠征を十分可能にしてきた。対瑛の侵攻規模は最大十万人程度を想定していた。国内相手だけに勝手が多少違いはするが、事前に計画を練ればグリュグとしても十分手の届く範囲に収まる。カノの兵站見込の時にグリュグは、王軍側の備蓄状況が概数なのでと前置きしつつ、

「八万ならば十分兵站可能と思われます」

 そう断言した。

「短期に限らねばならん、というわけでもないのだね」

 カノは念押しするように聞いた。グリュグは言葉を選びつつ静かに答えた。

「それは二年三年と長引くようならば綻びもしましょうが。一月二月の世界ではないですな」

 戦乱の長期化を想定されているのかと、逆にグリュグが尋ねると、カノは肉厚の相貌に笑みを浮かべた。

「あらゆる可能性の話だ」

 ガイナもグリュグも、その含み笑いが気になった。

 明らかにカノは、ガイナとグリュグに胸襟を開いて、自分の思惑をすべて打ち明けるという素振りではなかった。当然のことで、これまで二人とも、カノの側近として扈従したこともなく、格別に親しかったわけでもなかった。ただ、カノは決して二人を軽視しているわけでないのは態度が物語っていた。懇切ではないにせよ礼を欠くことはない。グリュグの後方支援の実力あればこそだったし、それは内乱討伐の一戦に限った話ともカノは捉えていない様子で、

「先々もよしなにな」

 そう繰り返す。去り際にはこの男の媚態らしく、

「ガイナ殿のセルン所領の一件、戦の後に私からも陛下に申し添えするつもりゆえ、それをお含み下されよ」

 そんな甘言を囁いても来た。何処まで本気かわからぬが、こちらの欲しいものはわきまえていると、帰宅の後にグリュグは苦笑し、ガイナも大きくうなずいた。末永く良好でいられるかは知れたものではないにせよ、少なくとも当面はカノと上手くやって行けそうではあった。ガイナは新たに編成しつつあったセルンの壮丁の軍勢二千を供出することを決めた。カノはそれを大いに喜んだ。

 カノの陣触れは、迂の領域である関内ラティスの隅々に発せられた。王軍が大儀そうに進発し、大小さまざまな領主たちが自前の兵を引き連れて出立した。その威勢に恐れをなし、命あっての物種と、ヨルドルグとエイリデルは連署で講和を求めてきたが、カノ・テディンは一蹴した。

「この機に、王国の憂慮を断ち切る」

 ぐるりと叛徒を取り囲むようにして、威容を放つ八万の大軍がその包囲網を狭めていった。ガイナとグリュグの軍勢もその一角を占めていた。ガイナはセルンの二千、グリュグは自領の私兵とハルツの守備兵力から精鋭一千を合して計三千、二人で五千を動員していた。その規模もあり、カノの陣営において彼らは決して冷遇されず、常に上席を用意され、殊に討伐軍の兵站にあっては権威であるグリュグの見解が最優先とされた。

 講和の道を絶たれた叛徒は、破れかぶれもあって緒戦のトゥアルロで討伐軍に攻勢を仕掛けた。当初背水の切迫感で討伐軍を圧したヨルドルグ軍ではあったが、エイリデルの軍勢との連携が拙く、それが完全に分断されると、後は兵力差がものをいった。そしてこの緒戦のトゥアルロの戦いが事実上の結着となった。ヨルドルグ、エイリデルら主要な将帥は逃げちり、山塞に立て籠もるなど不毛な抵抗に及ぶほかなくなったのである。

 八万の大軍は、その掃討戦に移行した。トゥアルロの戦いで、圧勝はしたものの、敵の戦力を削ぎきれず蜘蛛の子を散らすように逃がしてしまったことが、細かに散在してしまった敵の抵抗を潰していく労苦になってしまっていた。

 グリュグは多少とも苦い顔をしていた。組織的な抵抗とは言い難いヨルドルグらの徒党の小さな粒の数多くの蠢動が真っ先に狙うのが、カノ率いる討伐軍の糧道だったからである。糧食の荷を小部隊が突風のように襲撃してきて、その討伐に本隊が向かう頃には、糧食を奪って遁走している。或いは糧食の奪取を最初から図らず、襲った後に速やかに火をつけて燃やしてしまい、兵站に重圧をかけてくる。しらみつぶしに小部隊を叩いていけばいずれ解決する話にせよ、こうなってしまうと多少ともカノの動員する大軍が恨めしかった。ヨルドルグを討伐するのにここまでの規模は必要なく、後方に置いておいて、実働部隊をいくらかでも減らせれば、その分糊口をぬぐう負荷も減らせはするのである。だが、カノはそれをしなかった。具申をしても微笑をするばかりで兵站負荷の抜本的な解決を行わなかった。当初グリュグは、それをカノの事大主義と捉えていた。困ったことだと思った。だがある日ふとカノの思惑がそこにはないことをグリュグは想起した。尊大にヨルドルグらを包囲してその立ち枯れを待つというのでない。むしろ攻めあぐねるような山塞を執拗に攻めさせ、一刻も早く始末をつけようとしている。敵への打痛より味方への損害が上回るような局面も出てきたが、カノはそれを続けさせた。グリュグは頓悟した。そっとガイナと等しくする自陣に戻り、ガイナに声を押し殺して伝えた。

「カノ殿下は、或いは、叛徒の討伐に力点を置いているのではないのかもしれないですな」

 ガイナはいぶかしげであったが、グリュグの示唆にいくらか考え込み、やがてはっとした表情で叔父に解を示した。

「余勢を駆って、瑛になだれ込む」

 グリュグは大きくうなずいた。

「それをやられてしまうと、瑛としては、列国に救援を求めその来着を待つ余裕がなくなります」

 叔父と甥は、同時に、脳裏にカノ・テディンの肉厚の笑みを思い浮かべた。将来の玉座への階梯を一段上がるために、カノは叛徒鎮圧に勤しむようであったのだが、鎮圧を為した勢いのままに不意を突いて瑛に攻め入り、瑛を下せば、玉座への階梯は一段どころではなくなってしまう。同時に、これまで長らく続いた七つの王国の勢力均衡も大幅に改まり、いよいよ迂が六朝を引き離して独走を始める契機となろう。カノ・テディンは王の後継者どころか王の概念を超え、王の力にとどまらぬ覇王の道へと歩み得る。

「現段階では、あくまで憶測です」

 グリュグの言葉にガイナもうなずき、この件を口外しない旨を叔父に告げた。もし一挙に不意を突いて瑛に攻め入るならば、その行動が始まるまでは徹底して緘口すべきものである。事前に瑛に漏洩していては不意打ちは何の意味もなさない。いざという時の心構えだけ、現段階で二人は確認し合い、それまでは素知らぬ体で過ごすことを決めた。

 同じころである。

 迂を遠く離れた瑛の王宮で、カイラル王は仰天して玉座から半ば滑り落ちていた。列国一の戦下手と謳われるこの人は、軍事的な脅威が迫ってくるとこのような情けない挙措に及ぶ。きっかけは王太子ラルスの、ぼんやりとした口調で語られた中身だった。

「父上、迂の内乱ですがねえ。あれは鎮圧が終わるや否や、その足で我ら瑛まで責めてくる算段ですねえ」

 半年前に細君を亡くしたラルスを慰撫し、気遣う会話の中で、唐突に持ち出された青天の霹靂に、カイラル王は驚嘆し、だらしなさげな所作で玉座に座りなおすとラルスをにらんだ。

「あのなあ、縁起でもないことを申すな。父は戦が嫌いなのだ」

「世迷いごとではないですよ。実際にあり得る話です。そうであればあの規模の反乱を鎮圧するのにあれだけの大軍をこれ見よがしに集める必要もなかったですからね。説明がつきます」

 たちの悪い冗談口などでなく、深刻な脅威であったため、カイラル王は泡を食って列国に救援を求める算段をせよと命じたが、傍らで憮然とした表情をぶら下げていた宰相メセディン・アルダンの反応ははかばかしくなかった。

「先年のエルレン様ご他界によって、彭との紐帯は切れております。またそれでも彼の国が救援を出してくれるかもしれませんが、バシュタウ山脈を迂回しての来着になりますから、到底間に合いますまい」

タンデントは」

「旦が当てにならぬ隣国であるのは陛下もご承知のはず。それもあの国の威勢は年々右肩下がりです」

 アルダンの愛想も何もない返答に王は焦れた。

「そもそものセイゼだ。おしゃべり弁士に早々に使者を使わし、何とか差配してもらえ」

「それが……」

 錆の誇る王姻弁士のシエイス・メレは、ただ今国内での華やかな政争に巻き込まれ、そちらに傾注せざるを得ない立場だった。昨年のエルレン卒去による弔問で姿を見せはしたが、あの浮薄な弁士が瑛で酒の一滴も飲まず早々に立ち去ったのは、長く本貫の錆を留守にしていれば自分の母屋を乗っ取られかねないほど、彼と対立する勢力との関係が剣呑で拮抗状態ということらしい。

 無論メレには急報を告げ、またトゥーラサンセンにも個別に救援をこう使者を派遣するつもりであるアルダンだったが、今からでどこまで験があるか。

「とりあえずハオンド部のガルガスには来着を依頼しますよ。ゴルテイの傭兵なしには勝つ算段が立たない」

 あくびをひとつふりまいてから、ラルスは王宮から退出した。

 そのままぶらりと王都郭内の広々とした練兵場に向かい、誰も近づけず、地べたにぺたりと座り込んで鍛錬に励む重装歩兵の姿をぼんやりと眺めていた。

 いくらか、時間が過ぎた。ラルスにはその自覚がなく、気がついたら傍らに人の気配を覚えた。振り返り、それを正すまでもない馴染んだ気配であることに今更に気づいた。しなやかな長身の、変わらず美しいままのリーンであった。

「ラルス様、入れ違いに王宮で、伺いました」

 落ち着きの中に、優しさとぬくもりのある声色である。自分を支えようとする意志がその中にあることをラルスは十分に感じていた。

 しばらく無言であった。無言でいることに別段の苦痛も不安も、ラルスもリーンも覚えなかった。ラルスは膝を抱え込むようにして、リーンは長い脚を優美に折りたたみ、重装歩兵が長槍を繰り出し、盾で防ぐ鍛錬をする姿を眺めやった。

「これは戦場で、どこまで機能しますかね」

 リーンが悪戯っぽく尋ねた。さあ、どうかなあ。ラルスは淡く笑った。

 通常と異なり、左利きばかりを集めてこしらえた、左手に槍、右手に盾を持った左右互い違いの部隊である。重装歩兵は重々しい甲冑と共に大きな片手持ちの盾で身を守りつつ、長槍を集団で繰り出していく。それは重厚であると思に、重い甲羅の亀のように融通がきかない。敵を防ぎ、反撃する力は旺盛なのだが、弱点の穴埋めが柔軟には行えなかった。その顕著な点が盾で、右利きの者は左手に盾を持つため、部隊は悉く右側が守りに手薄になる。そこを狙い撃ちされると重装歩兵の陣は突き崩される。その打開のために、ラルスの思い付きで左利きばかりの純然なたがいちがい部隊を作って、大半を占める右利き重装歩兵の右側に配し、盾の守りを位置として強化させようという意図だった。

「思い付きで、実戦では役に立たないかもですね」

 エルレンが死んでから、始めたことだった。




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