盲目の冒険者”イッテツ”
Gonbei2313
イッテツという男
港町ポート・クラッグの名物冒険者「イッテツ」
ポート・クラッグという港町。険しい崖に囲まれたこの港町は、外からの侵入を阻む天然の要害で、魔王の勢力が拡大を続ける中、そのような世界とは無縁であるかのような顔をし続けていた。
そんな港町には、冒険者であるにも関わらず盲目の男がいる。生まれつき盲目なのか、それとも後天的なものなのか。それすら誰も知らない。そして、さほど興味ももたれていない。最初こそ好奇の目に晒されていたものの、今ではすっかりポート・クラッグの一員である。この盲目の男が多くを語らないのもあり「そういうものだ」という一種の常識になっていた。
男の名前は「イッテツ」という。日銭を稼ぎ、博打に明け暮れ、酒を飲んでは潰れている。そんな盲目であること以外はよくいる冒険者でしかない。そんな彼の異世界での記録である。
◇◇◇◇◇◇
イッテツの目覚めは常に最悪である。口の中は昨晩の酒のせいで気持ち悪いし、中途半端に酒に強いせいでいつも飲み過ぎてしまう。
周囲の様子が文字通り見えないイッテツは、記憶と周囲の音や臭いを頼りに今、自分がどこにいるのかを思い出す。今、彼がいるのは冒険者ギルド併設の酒場だ。
イッテツもそのことにすぐ気づいたのか、呑気に欠伸を一つすると手と足にある感触を頼りにして席を立った。
イッテツは目元を布で覆っている。それは自分が盲目であることを周囲へ示すためであり、そして、怪我や感染症を予防するためでもあった。革の衣服に身を包み、冒険者ギルドの紋章が縫われた外套を羽織っている。そして、一振りの長剣が腰にはあった。
「あー……よく寝た」
イッテツはそう呟くと、足先で障害物がないか探るようにしながら、ギルドの受付カウンターへと迷いなく進んで行く。
周囲の冒険者やギルド職員はその光景に慣れ切っているのか、とくに注目する素振りもなく各々のやることに集中していた。
受付カウンターにたどりつくと、イッテツの前へと一人の女性職員がやってきた。艶のある黒い長い髪をおろし、完璧にギルドの制服を着こなす女性だ。名前をセシリアといい、経験豊富なギルド職員だ。無論、イッテツにはその外見は見えていない。
「仕事をくれ。討伐依頼が良いな。少し金が欲しい」
イッテツは口を開く。彼は気配と音でセシリアの存在を感じ取っていた。
「ちょうど、ゴブリンを退治する仕事があるよ。一番近い宿場町に出たらしい」
「そうかあ、そりゃあ、ちょうど良いが……ここ最近、近場でも魔物がよく出るなあ」
イッテツは顎に手をやって渋い顔をした。この町の周辺は比較的、魔物の被害は少ない傾向にあった。それはこの町が自然の要害にあることに起因している。
ただ、ここ最近は事情が変わったのか、近場にもお構いなしで魔物が出るようになっていた。目の見えぬイッテツでも、人々の不安を感じる気配はよくわかる。
「そうだね。ここ最近、魔王軍も活発に動いてるって話は聞いてるから、それだろうね」
「そうかあ……嫌な時代だ」
イッテツはため息まじりにそうつぶやいた。セシリアもつられてため息をつく。
「イッテツが腕が立つのは知ってるけど、何があるかわからないから、くれぐれも気をつけて」
「ははは、気をつけるよ」
乾いた笑い声をあげ、イッテツが言った。
「それで、今日”も”案内はいらないの?」
「今日”も”いらねえ。迷惑はかけたくねえからな」
イッテツはきっぱりとした口調で断った。このやりとりは、ある種の習慣となりつつあった。
「誰かいたほうが迅速かつ安全だと思うけど」
「俺のせいで誰か死んだら、死んでも死にきれねえからなあ……まあ、気が向いたら頼むわ」
イッテツはそういうと返事も待つ気が無いのか、そそくさと背を向けてギルドの外へと出て行ってしまった。その背中を見送り、セシリアは大きくため息をついた。
「あの人、また一人?」
近くにいたギルド職員の女性がセシリアに声をかけた。金色の髪を肩のあたりで綺麗に整えた女性で、制服を着崩している。
「エレノア。また聞き耳を立てて……」
「まあ、良いじゃん。名物冒険者なんだし、気になるもん」
セシリアは注意するが、エレノアと呼ばれた職員はまったく意に返さずそう言いきった。
「しっかし、世の中、何があるかわからないよね。都でもあんな人いないよ」
エレノアは目を細めて笑う。盲目の人が冒険者をやっている、と最初エレノアが聞かされた時、新人への悪戯かと思って信じなかったことを彼女は思い出していた。
「まあ、すっかり馴染んでるから受け入れてるけど、おかしな話ではある」
セシリアは真面目な顔をしたまま、手元にあるイッテツの資料へと目を落とした。
イッテツがこの港町へと冒険者登録へ来たのは、一年半ほど前のことだった。セシリアが職員として十分、経験を積んだ頃にやってきた。
来る者を拒まずな冒険者ギルドといえど、さすがに盲目の男を冒険者にするのは無理だとセシリアは断ったことを覚えている。しかし、どういうわけかギルド長は彼を冒険者にすることを特例として容認した。
いまだに何故、そのようなことをしたのか。誰もその理由を知らない。尋ねてもギルド長は曖昧に笑うだけだ。
「私、ちょっとあの人……怖いんですよねえ」
エレノアがそう言って、顔をしかめる。
「あまり、表でそういうことを言うもんじゃないよ。他の人もいるんだから」
セシリアはそう注意しつつも、慌てる様子はない。実際、彼のことを異質だと感じる人は多い。その事実をイッテツも自覚はしているだろう。ギルドに所属する冒険者たちも積極的に彼と関係を持たないのは、結局のところエレノアと同じ感想を持っているからではないだろうか。
「じゃあ、セシリアはどう思ってるのさ。あの人のこと。そこそこ長い付き合いなんでしょ?」
エレノアがじっとセシリアを見る。彼女の言う通り、このギルドで一番、関わりのある人物はセシリアだった。イッテツがギルド長とたまに賭け事をしているのを見かけるので、実際は違うかもしれないが、少なくともこの場ではセシリアが職員として関わりが長いのは確かだった。
「……なんとも言えない。悪い人ではないと思うけど、あの人のことを個人的に何も知らないから」
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