涅槃の魔女とひとりぼっちの魔王様

三嶋トウカ

第一章:魔王城を経て

第0話:プロローグ


 崩れかけた城に、少女が独りいた。


「どうして、私がこんな目に会わなければいけないの? 私が、いったい何をしたというの?」


 目に涙を溜め、誰もいない部屋で独り呟く。

 辺りは暗く、生き物の気配はない。


 少女の目の前には、『ナニカの死骸』が、横たわっていた。

 黒く焼けたような身体、頭に生えている角のような物が片方折れている。傍らには大きな剣が落ちているが、どうやらこの『ナニカ』の所有物のようだ。


「どうして死んでしまったの? なぜ私を置いていくの? ……どうして。どうして!」


 その死骸に縋り付くように、少女は覆い被さった。


 少女の身体には、無数の傷。一部は抉れ、一部は血が流れる。

 誰かと戦ったような、あるいは、何かに襲われたような。普段の生活では、絶対につかないであろう傷。それが、彼女の身体を埋め尽くしていた。

 しかし、それは一瞬の話で、気が付いた時にはもう痕の一つも残されていない。


「置いていかないで! アナタがいなければ、私は……私は……」


 嗚咽混じりの鳴き声が、静寂の中ただ一つ響く。


 ――少し離れた場所に、別のナニカの死骸が三つ。先のナニカと同じ様に横たわっている。

 長い剣は刃が二つに折れ、焼け焦げた杖の上部にはまった石は粉々に割れている。ビリビリに破れた本の灰は、辛うじて残ったハードカバーを埋めた。

 人の形したソレらは、ナニカと争ったのだろうか。……それとも。


 少女はその残骸には目もくれず、目の前の死骸に向かってただただ泣き叫んだ。


「独りにしないで……。お願いだから、私も死なせてよ……。ねぇ……オルカ……」


 ガラガラと、何かの崩れる音がする。


 ――ここは魔王の城。九十九代目の魔王が死に、主人を失った城は、その姿を崩し主人の死を悼もうとしていた。


「神様……ねぇ、神様……。アナタがもし本当にいるのなら……私の願いを……叶えてよ……」


 その声はただ響くだけで、誰も答えたりしない。


「私を、私を独りにしないで……!」


 ザァザァ――ザザザザザ――――――


 遠くの方で、雨の降る音がした。同時に、ゴロゴロと雷の音も聞こえる。


 窓から差し込む雷の光が、少女とその死骸の影を映し出した。

 童話の一部を思わせる、どこか幻想的で詩的なその場面は、切り取ることが出来たらさぞかし悪趣味で綺麗だろう。


「お願い……お願いよ……」


 雨脚は強くなる。雷の音も近い。光は強く青く轟く。


 それは、神の肯定の返事か。

 それとも、否定の返事か。


「うぁ……うああぁああああぁぁ――‼︎」


 その雨は少女の心を映し出すかのように、いつまでもいつまでも、降り続いた。

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