第3話 聖女の仕事

 朝の結界の定期チェックをして結界を張り直したあと、すぐに行われる礼拝堂での公聴会。

 程よく疲れた状態で礼拝堂という暗い空間で司教様のありがたい高説を長々と聞いていたら、セシリアが寝ないわけがなかった。


「…………すぅ……」


 静かにうつらうつらと船を漕ぎ始めるセシリア。

 みんなの視線は司教に集まっているため、今のところ誰もセシリアが寝ていることに気づいていない。


 だが、このまま寝続けていたらバレるのは時間の問題だろう。


 もちろん、そんな様子のセシリアを彼女の護衛兼お目付け役のクロードが気づかないはずがなかった。


 スコーン


「……っ!?」


 目にも止まらぬ早業だった。

 セシリアは突然頭に受けた衝撃に身体をビクリと大きく跳ねさせると、すぐさまキョロキョロと周りを見回す。


 突然の聖女の不審な行動に、先程まで司教のほうを見ていた周りの人々も「聖女様?」「どうかなさいましたか?」と怪訝そうに尋ねてくる。

 けれど、セシリアはすぐさま営業スマイルに戻すと「いえ、突然虫が止まったので驚いてしまって。お騒がせして申し訳ありません」と平静を装いながら、適当に誤魔化した。


(クロード……!)


 場が落ち着いたタイミングでセシリアは隣にいるクロードをこっそりと睨めば、彼は澄ました顔でさも何事もなかったかのように振る舞っている。

 それが何とも腹立たしく感じながらも、これ以上ここで騒ぎを起こすわけにはいかなかったセシリアは、叩かれたおかげですっかり目が覚めたまま司教のありがたい話をしっかりと聞くのだった。



 ◇



「いくら何でも、あんなところで殴るだなんて……! 私がバカになったらどうしてくれるのよ!!」

「あの状況で寝るほうが悪いだろう。それにセシリアは元々バ……おっと、失礼」

「今、バカと言おうとしたわね!? クロード、今私のことバカって言おうとしたでしょ! 信じられないっ」


 公聴会を終え、魔物討伐依頼へ行く道中でやんややんやと言い合う二人。

 自分達以外誰もいないからか、いつもの素の状態でお互いに言い合う。


「まだ言ってないだろう」

「あ、今まだって言った! ということは、言おうとはしてたということじゃないっ」

「とにかく、セシリアのイメージは守ったんだ。感謝されることはあれど、文句を言われる筋合いはないな」

「そ、それはそうだけど……! そうなんだけどさ!!」


 いつのまにか丸め込まれるセシリア。

 こうしてクロードと言い合いをしても、なんだかんだでいつもセシリアはクロードに言いくるめられてしまうのだ。


「ところで、今日の討伐依頼はキメラだったか?」

「えぇ。最近、街境の森辺りに出没するようになったらしくて。まだ畑だけの被害で済んでるけど、だんだんと居住地に近いところまで目撃情報が来てるから討伐してほしいのだとか」


 今のところまだ人々への被害はないが、それも時間の問題だろう。

 畑を食い荒らされ、住人不在ながらも民家への被害も出ているということで、今回二人が駆り出されたのだ。


「結界を毎日ちゃんと時間通りに見回っていたらなぁ……」


 クロードが呆れた様子でセシリアを見る。


 結界で魔獣全てを防げるわけではないが、セシリアは聖女としての能力が比較的高いので、ある程度防ぐことはできた。

 そのため、以前寝坊してしまって結界が綻びているのを直すのに遅くなったせいで魔獣の侵入を許してしまったことを暗にクロードが揶揄すると、セシリアは自覚はあるものの不本意そうに「むぅ」と口を尖らせた。


「もう、しつこいわよ。悪かったわよ。だから、討伐しに来てるんでしょ」

「そんなこと言って。討伐する身にもなってほしいんだが」

「ごめんなさいね。私も全力でサポートするわよ」

「反省してるなら、明日からちゃんと起きろよ」

「えーっ、と。反省はしてるけど、それとこれとは別というか……あ、ちょっと待って。……いる」


 不意に、魔獣の気配がして立ち止まる。

 魔獣は魔力を帯びているため、聖女であるセシリアのほうが感知能力は長けていた。


「単騎か?」

「えぇ。単騎。でも、ちょっと大きめかも。足止めするから、トドメをお願い」

「あぁ、わかった」


 先程まで小競り合いをしていたとは思えない連携。お互い、一瞬で表情が変わり、己の仕事を全うするためにそれぞれ動き出す。


 セシリアはわざと目につきやすい場所に移動し、クロードはその近くの木の影に隠れるように息を潜めた。


「…………グゥ」

「こちらの存在に気づいたみたい。ギリギリまで近づけるから、危ないと思っても手出ししないで」

「しくじるなよ」

「誰だと思ってるのよ。私はプリミエの街きっての大聖女様よ?」


 セシリアはキメラが来るのを待ち構える。

 その姿は麗しいというよりも凛々しかった。


(……来るっ!)


 遠くから物凄いスピードで来るのを感じる。

 恐らく、魔力を持たず気配を感知できないただの人なら一瞬でやられていただろう。


 けれど、セシリアは違った。


 気配を察して、キメラが飛びかかってきた瞬間に身体を低く伏せる。そして、そのまま「重力グラヴィタオン」と唱えながらステップを踏む。

 まるでその動きはダンスでもしてるかのように軽やかだった。


「グ、オォオオォォオオオ」


 セシリアの唱えた魔法によって自重で地面に引っ張られるように縛りつけられるキメラ。

 キメラは自分の状況が理解できていないのかジタバタともがくも、上手く身動きが取れないせいか咆哮する。


「悪く思うな」


 そんな無防備な状態のキメラを倒すなど、クロードには造作のないことだった。キメラの急所である首に向かって会心の一撃を与えると、キメラの太い首はごとりと音を立てて落ち、そのまま地面に倒れて動かなくなった。


「ふぅ。クロードお疲れ様」

「あぁ、セシリアもお疲れ様」

「今ちゃちゃっと浄化しちゃうわね」


 セシリアがキメラだった物体に「浄化ラインゲン」と唱えると先程まで纏っていたはずの魔力が消え去る。

 通常のキメラよりも大きなこの個体は普通の聖女なら浄化に一週間かかるところだが、優れた聖女であるセシリアは一瞬で浄化することができるのだ。


「じゃあ、これ運ぶのよろしくー。今夜はお肉が食べられるわね」

「聖女が肉で喜ぶんじゃない」

「いいじゃない。体力は大事よ? 聖女だからって生きてるんだもの、肉の一つや二つ食べないと元気が出ないわ」


 お肉お肉〜と歌いながら軽やかなステップで早速帰路に着くセシリア。

 クロードはキメラの死骸を担ぎ上げながら、そんなセシリアを少しだけ微笑ましく思いつつも、「はしゃぎすぎて転ぶなよ」と釘を刺すのだった。

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