宛 その5
陰識は再び劉伯姫を車の傍らに乗せて、李通の屋敷を出ると、また回り道して自分の屋敷に戻る。陰識の車が出てしばらく後、李通が車を出して、陰識同様に回り道して陰識の屋敷に入る。李通、御者にここで待つように言うと、陰識に御者をさせ、その隣に座す。
伯姫、李通の車に乗り換えた陰識と李通に、
李通、陰識に車を任せながら尋ねる、曰く「次伯殿、劉氏にはまだ嫁ぎ先有らざるか」
陰識答えて曰く「左様に聞きますが。
李通曰く「馬鹿を言うな。いや馬鹿を言うはこれからなり。陰将軍よ、この李
陰識返して曰く「
車はまたも迂回して、劉秀の屋敷に向かう。
宛に戻り、取り敢えず帝から解放された劉秀であるが、司徒に属する官吏はこれを迎え
しかし、劉秀、
大将軍李通が上座、偏将軍陰識が下座に座っていれば、劉秀は陰識の隣に座し話を聞こうとする。
劉秀曰く「李大将軍に陰将軍、二人お揃いとは一体何用で御座いますか」
李通答えて曰く「大層な呼び合いする中では御座るまい、文叔殿。帝に御尊兄のことで
劉秀答えて、曰く「まことなり、帝の
陰識が膝の向きを変えるを見て、李通、手でそれを制して、曰く「
劉秀、真顔で答えて曰く「
ふむと頷き李通曰く「では、娶るも可なりか」
劉秀驚いて返して曰く「娶る、誰が娶る」
李通にやりとし、陰識もその笑みを見て
ここで陰識が口を挟んで曰く「我が妹は文叔殿の許婚者、これを娶りたまえ」
劉秀、言葉を返そうとすれど途中で途切れ、そして李通・陰識の目をじっと見る。
李通声に出して笑い、陰識を指して、曰く「これ次伯殿が持ってきた話なり。喪に伏さぬであれば、可なり」
劉秀、これには参った。されど、兄者に相談せねばと言おうとするも、途中で絶句した。兄劉縯はこの世にはいない。しかししかしと
陰識、ごほんと
劉秀、当惑して問いて曰く「誰に聞かれたか」
李通・陰識、笑みを浮かべこそ答えず。
劉秀、
李通曰く「娶ろうと欲せざるか。何故に娶らざる」
陰識曰く「文叔殿は喪中に非ず、麗華を娶りたい意なり、ついでに言えば麗華もそれを望んでおりますれば、何の不都合が御座いましょう」
劉秀、ついに折れて曰く「我、我、娶らんと欲す」
劉秀の屋敷から出てきた車に乗った二人の男は、笑みを浮かべ、時折笑いながら、車を進ませる
李通、笑むのを止めて曰く「劉公が亡くなりしというに、
陰識曰く「喪は非ざらん」
陰識、李通に聞かせるでもなく自身に言い聞かせるように曰く「『
李通、車を御す陰識に顔を向けて曰く「左様、喪は非ざらん。しかし、如何様にして、思いつかれた」
陰識返して曰く「娶る、娶らないは妹が言い出したことで御座います。嫁ぎ先の親族が死んだというのに婚礼なぞできるかと怒鳴ろうとし、思いついたので御座います。父が亡くなって以来、麗華の嫁ぐを許すのは長兄たる私めで御座いますゆえ」
そのまま陰識が回り道して屋敷に帰ろうとすると、李通が回るなら、もう一箇所回らねばならぬところがあると言う。
陰識、それが誰か気づいて言う、曰く「我と同じ字なる人か」
李通答えて「左様、文叔殿の親とも言える人ぞ。卿の言った通り、
よって車は
李通、劉良の甥である劉秀について、救うには如何なる
回り道の末、陰識が
李通と陰識が座し、事の次第を話すと、簾の向こうで、劉伯姫は深く額づいて、曰く「この度は、李大将軍にお世話になりました。陰将軍にも陰麗華様にも、伯姫一命にも代えがたく思います」
隣から陰麗華曰く「麗華、
陰識曰く「我、劉公を失いたれば、闇夜に置かれたような気がしましたが、今仄かに光明が見えた思いです。これも伯姫殿が我が屋敷を
李通も口を出して曰く「この次元、文叔殿を如何せんと思い悩んでいたが、その妙案は次伯殿から出れば、感謝するは次元なり」
李通続けて曰く「しかし、これは一刻を
陰識ら伏して答えて曰く「御意」
良縁かと陰識は思う。宛、小長安で縁者・係累を無くした、李通にも縁があればと思い、二十を遠に過ぎた劉伯姫にも縁があればと思う。
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