いろんな美女が俺の命を狙いにくるからアホすぎる方法で迎え撃ってみる

紅椿伊織

第1話 “悪魔伯爵”と“くっ殺女騎士”

「くっ! 殺せ!」


拘束魔法に絡め取られ、自由を奪われた美しい女騎士が鋭い眼差しをこちらに向けてくる。

その強気な台詞に、僕は思わず口元を緩めた。


ーーーー


僕の名はディアブロ伯爵。

領民ゼロの荒れ地に建てられた館に暮らしている。表向きは領主だが、実態は“ダンジョン”そのもの――つまり、ここは「侵入者を罠で迎え撃つステージ」なのだ。


世間では僕のことを「悪魔伯爵」と呼ぶらしい。曰く、領民をないがしろにし、悪逆非道を繰り返す極悪領主。

……いやいや、領民が一人もいないのに「ないがしろ」も何もあるか。どう考えてもシナリオ設定がバグっている。


なぜそんなメタいことを冷静に言えるかというと、僕は転生者だからだ。

前世では日本のサラリーマン。仕事の合間にアニメやゲームでオタクライフを楽しむ、ごく普通のオタクだった。

そんな僕だが、気づけば孤独死――まあ、よくあるやつだ。


死後、自称「神」に会ったとき、転生の条件を聞かれた。

僕は即答した。

「前世ではコミュ障で、女性と話す機会がほとんどなかったんです。だから、異世界ではいろんな女性と話をしてみたいです」

いやらしい意味じゃなく、ただ女子と自然に会話したかった。それだけだったのに……


「なるほど。では――美女の刺客に狙われる運命を授けよう!」

と神は高らかに宣言。


いや、それってコミュニケーションというか、命を狙われるじゃん。

ちょっと希望と違う気もしたが、オマケで「転生者チートスキル」までつけてくれるというので、まあ……いいか、と頷いた。


結果、僕は今こうして「悪魔伯爵」として暮らしている。

刺客は次から次へとやってくる。けれど、それはつまり――次から次へと美女と会話できるということでもある。


そう考えると……いや、むしろ最高じゃないか?自分が色々と歪んでるのは否定しないけど。


ーーーー


――「ご主人様。侵入者です」


低く落ち着いた声が僕の耳に届く。


彼女はエルザ。普段はメイド服を着ているが、この屋敷唯一の使用人にして、実は元・刺客第1号だ。

めちゃくちゃ有能な暗殺者で、転生ボーナスで強化されていた僕ですら偶然勝てたレベル。勝負の後に説得したら、渋々ながら僕の悪趣味な「美女刺客撃退ゲーム」に付き合ってくれることになった。……まあ、冷めた目で僕を見ているけど。


さて、そんなエルザの報告を受け、僕は館主室の巨大モニターに視線を移す。そこに映し出されたのは、銀鎧をまとい敷地内を警戒しながら進む若い女騎士の姿だった。


「女騎士ですね」

エルザが淡々と告げる。


「……なんで女騎士ってさ、いつも素肌に鎧を直に着けてるみたいに見えるんだろう?」

僕は首を傾げながらつぶやいた。


「鎧の金属部分が直に肌に触れたら、絶対痛いし、汗だってかくんじゃないの?」

 ――などと、どうでもいい疑問が頭をよぎる。


「ご主人様……いま命を狙われているのですが、感想がそれでよろしいのですか?」

エルザが冷ややかな目を向けてくる。


――今日も僕は、命を狙われながらもくだらない疑問で頭をいっぱいにしている。


だが、切り替えて迎え撃つ悪役の顔をしながら呟く。


「クックック。女騎士か...例のセリフをぜひとも聞いてみたい...」


ーーーー


いよいよ迎撃だ。だが今は館のダンジョンレベルが低く、高度な仕掛けやモンスターはまだ使えない。使えるものといえば、天井から落ちるタライと、ご自慢のペット……いや、スライムくらいのもの。そこで僕はタライとスライムを駆使して彼女を迎え撃つことにした。


エントランスを抜けた彼女は静かな廊下を慎重に進んでいた。金属鎧が小さく鳴る音が、異世界ダンジョンの空気を揺らす。


「じゃあまずは、小手調べと行きますか」

僕はモニター越しに嬉々としてボタンに手を伸ばし、あの伝統的トラップを起動した。


カランカラン……。


「え、何?」

女騎士が振り返ると、そこには床に落ちたタライが転がっているだけだった。空振りだ。


「うーん、タイミングが難しいな。よし次だ!」

次々と罠ボタンを押す僕。しかし――


「全部外しましたね」

隣でエルザが苦笑する。


「タライだけじゃないもん! 行け、スライム!」

僕が意地になって放ったのは、部屋の前に配置した小さなスライム。だが――


「はぁっ!」

女騎士の一撃であえなく撃沈。


「ダメでしたね」

「うん、ダメだったね」

僕とエルザはちょっとだけがっかりする。


気を取り直して、今度は部屋の中で攻撃だ。


「そういえばこうするとどうなるんだろう?」

僕は妙案を思いつき、タライとスライムを同じ座標に配置してみた。


「ご主人様、スライムが出てきませんが」

エルザが眉をひそめる。


「あれ、おかしいな。スライムもう一回召喚だ」

召喚ボタンを何度も連打する僕。しかしスライムは現れず、女騎士はのんびりと扉を開けてしまう。


「もう入ってきましたよ」

エルザが呆れ顔。


――ああ、この部屋、タライしかセットしてなじゃん。

諦めてタライを発動させると、


ズウウンッ!


大きな音とともに落ちてきたタライ。その中からぬっと現れたのは、巨大なスライムだった。


「あれ? タライと同じ場所で召喚したから、タライの中に入ってたってこと?」

「そんなことより相当大きいですよ。エンペラースライムクラスじゃないですか?」

エルザが目を丸くする。


――まさかの偶然で上位種が誕生。これは、勝てるかもしれない!


「よし行け! スライムよ! 女騎士を捕縛するのだっ」

僕の号令でエンペラースライム(?)が女騎士に襲いかかる。


「ふええ、勝てないよ〜!」

必死に剣を振るう女騎士。しかし巨大スライムのぬるぬる攻撃に動きを封じられ、彼女はずぶずぶと包まれていく。


こうして、僕は苦労の末に女騎士を捕らえることに成功したのだった。


ーーーーー


「くっ、殺せ……!」

彼女は唇を噛み、鋭い目つきで僕の方を睨み懸命に強がる。

(やった!ついに本場の「くっ殺」だ!)

僕は密かにテンションが爆上がりだった。


「ふはははは!我が名はディアブロ!悪魔伯爵ディアブロだ!お前の生しゃつ与奪は我が手にあり!」

張り切って決め台詞を放つ僕。しかし殺を言えずに噛んでしまった。


「……いま噛みましたね」

後ろでエルザが小声で突っ込みを入れる。


「ええい、うるさい! だって『生殺与奪』なんて普段使わないもん!」

僕が開き直っていると、


「あのー、私はどうなるんでしょうか……」

さっきまで強がっていた女騎士が、不安げに尋ねてきた。


「殺せというならば望みを叶えてやろう」

そう言うと彼女は慌てて手を振る。


「いやいやいや! 『くっ殺せ』は女騎士の嗜みみたいなもので、私まだ見習だし、決して本当に殺してほしいわけじゃなくて……」


「えっ、そうなの? じゃあ……えっと、どうしたらいい?」

我ながらこのセリフはないと思う。

ここら辺が女子とコミュニケーションをうまく取れない理由だろうか。


「いやー、えっと、その……エロいこととかはちょっと……できればこのまま帰していただきたいんですが」

女騎士は困ったように引き攣った表情で笑う。


「それはさすがに都合が良すぎませんか?」

エルザが腕を組んで首を振る。そりゃそうだ。エルザは僕に捕まって不本意ながら僕の悪趣味で変なゲームに付き合わされているのだから。


そこで僕は、しばらく女騎士を観察する。やはり気になるのは素肌に鎧なのかどうか。そこばかり気になる。


「あのー。なんでしょうか?」

舐め回す視線に耐えられなくなった女騎士が聞いて来た。


「お前が今まとっているものは何かわかるか?」

「……スライム?」

「そうだ!」


僕の掛け声に合わせて、女騎士の体にへばりついていたスライムがぴょこぴょこと動き出した。


「ちょ、なにこれ……ははっ、くすぐったい!...アン♡ちょっとどこに入ってるのよ!」

スライムはぬるぬると彼女の鎧の隙間をくすぐりながら滑り落ち、最後には彼女のブラジャーを僕の手元にぽとんと落とした。

一応、生で鎧ではなかったらしい。


「そ、それは私の……!」

「そうだ。これを返してほしくば、もっと強くなって我が下へ辿り着け。それまでは、スライムにかけられた『くすぐり呪い』が続くだろう。鎧が擦れて肌が敏感に感じ続けるのだ!」

僕は威厳たっぷりにアホな内容を告げた。

もちろん、そんなものはない。


「卑怯な! そんな呪いに負けず、必ず再戦してやるからな!」

そう言い残すと、彼女は鎧のあちこちを押さえながらも、悔しそうに館を後にした。

どうやら肌が敏感になる呪いを信じてしまった様だ。


僕は戦利品として残されたブラジャーを手に取り、思った。


これから始まる異世界活劇の第1話の戦利品がブラジャーとは大丈夫だろうか?

そんなメタい心配をしてしまうのだった。

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